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「岡本太郎と遊ぶには」タナカカツキ対談④

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タナカカツキさんと平野暁臣の対談、最終回です。
今回は「人間・岡本太郎」について語り尽くします!


〈前回はこちら〉
①「腹をくくって〝真剣に〟遊ぼうとする人しか、太郎は相手にしない。」
②「“太郎と遊ぶ”って考えると、やっぱり最初に出てくるのはタナカさんなんだな。」
③「“あ、自分はフチ子さんやってるけど、太郎さんはもっと先にやってた”って。」



「太郎はすごくカッコイイけど、なりたいとは思わないよね。」

タナカ:僕には太郎さんの存在感がふたたび大きくなってくるにつれて、
なんていうか、〝ありがたいもの〟になりつつあるんじゃないかって気がするんです。
ありがたい感じで太陽の塔を見たり。
でも僕は、さっき言ったように、どちらかっていうと笑いの対象っていうか、
楽しむものだと思っているんですよ。

平野:世間は、ちょっと前まで、どちらかといえば馬鹿にしてたのにね、太郎のことを。
なにしろバラエティ番組でイジられてるシーンしか見てないからね。
頭のイカレた〝自称アーティスト〟くらいに思ってた人も多いんじゃないかな。

タナカ:そうそう。80年代とか。

平野:逆にいまは偉大な芸術家で、作品もありがたいって感じで。
たしかにちょっと拝むような気分になりかけているかもしれないな。

タナカ:『岡本太郎』っていう神話がね、できかけてる。

平野:ぼくとしては、もちろんそれは、すごく嬉しいことですよ。
多くの人が太郎をリスペクトしてくれているっていう状況はとても嬉しい。でも…。

タナカ:でもだからといって太郎さんをありがたいと拝むってのはやっぱり違いますよね。

平野:多くの若い人たちが「太郎の作品や言葉にふれると元気になります」って
言ってくれるんです。それはとても嬉しいことなんだけど、太郎が自分を救ってくれるとか、
導いてくれるっていうところまで行っちゃうと、ちょっとマズい。

タナカ:ええ、ええ。わかります。

平野:その路線を突き進むと、最後は宗教になっちゃうからね。
じっさい太郎のことを自分とは別種の〝特別な生き物〟とイメージしているふしもある。
「鋼鉄の意志をもった鉄人」みたいに。

タナカ:でもそうじゃないから!

平野:だって、岡本太郎だって普通の男だもん。敏子がよくそう言ってた。
考えてみれば、あたりまえのことだけど。


平野:だから逆にね、「コップのフチの太陽の塔」のようなものが必要だし、
意味があると思うんです。過度の神聖化にブレーキをかけるっていうか…。

タナカ:だって、笑ったって良いんですもんね。太陽の塔を見て。
なんかみんな最敬礼しなきゃいけないみたいな感じになってるとすれば、これは危険ですよ。
ほんまは向こうのほうが敬礼してるのに(笑)。

平野:ほんと、そうだよね(笑)。

タナカ:太郎さんってテレビとか出られてると、はっきりいえば、馬鹿にされてましたよね。
けっちょんけちょんにいじられてましたからね(笑)。

-岡本太郎さん自身は、いじられることに自覚的だったんですかね?

平野:聞いてないんですよ、ぼくは。
そこのところをちゃんと敏子に聞いておけばよかったって、いますごく後悔してるんです。
当時、敏子は周りから「なんであんなことやらせるんだ、やめさせろ」
っていわれてたようだけど。

タナカ:そうなんですね。

平野:ただ、山下さんとの対談だったかな、敏子が遺した言葉のなかに
「じゃあ他になにをすればよかったの?」っていうのがあるんです。
そこにあの頃の太郎と敏子の苦悩、
追い込まれていた状況が透けて見えるような気がする。

タナカ:苦悩ゆえのいじられキャラですか。

平野:だって、太郎ってね、パリ大学で哲学を学び、最年少で抽象芸術運動に身を投じ、
マルセル・モースに民族学を叩き込まれたスーパー・エリートでしょ?
バラエティで芸人にイジられなきゃならない理由なんて、
ひとつもないんですよ。
もはやあえて馬鹿のフリをしてたって考えるしかない。

タナカ:もしそうだとすると、大阪万博も成功して、国民的な存在になって、
自分が権威になりかけてしまっていることへのアンチテーゼっていうか、
つまり権威を破壊するのがアヴァンギャルドだったはずなのに、
自分が権威になっちゃうかもしれないっていうことへの対抗策だったとか。

平野:うん、そうかもしれない。
あるいはまったく単純に、
電波というメディアを試していただけっていう可能性もある。
太郎は油絵、彫刻からはじめて、陶芸、書、デザイン、プロダクト、写真っていうふうに、
表現メディアをつぎつぎに広げていったわけですね。
その延長として、テレビという新しいメディアにおける
自分の表現を探していただけだったのかも。

タナカ:なるほど!

平野:見方っていうか、解釈としてはほかにもいろいろあると思うんですよ。
でも真相はわからない。
ただね、テレビでイジられていた太郎を含めて、『岡本太郎』。
これだけはたしかです。

タナカ:見てた側とすると、太郎さんの身振りや話し方、
テレビでは見ない感じじゃないですか?
人としてあの感じって。目をむき出して話すあの感じは、
こどもにとってはショックでしたね。理解できない感じ。
芸術とか美術の太郎さんに通じる、野蛮さみたいなものも感じるんですよね。

平野:なるほど。

タナカ:「なんなんだよ!」って思いますからね。
それなのに太郎さん本人が「なんだこれは!」って言うから。
「それこっちやけどな!」っていう感じなんですよね(笑)。
あの感じが、芸術の空気感を伝えていた感じもするんです。


平野:いま聞いていて思ったんだけど、考えてみたら、
こどもにはちゃんと届いていたわけじゃないですか、岡本太郎は。

タナカ:ええ。

平野:「岡本芸術とはなにか?」って聞かれたら、
ぼくは「岡本太郎という存在そのもの」って言ってるんです。
太郎はいろんなジャンルでたくさんの作品を遺したけど、
けっきょく彼が生涯をかけてつくりあげたものこそ、
『岡本太郎』っていう作品だったと思うんですね。
つまり、太郎が社会に送り届けようとしていたものは岡本太郎自身だったっていうか。

タナカ:はい。

平野:そう考えるとね、電波だからこそ、
『岡本太郎』がこどもに届いたんだなって。
書籍や新聞、雑誌じゃこどもには届かないもんね。
おなじ電波だって、NHKの教養番組じゃやっぱり届かない。
バラエティだったから届いたわけでしょ?

タナカ:おおお!

平野:そう考えると、太郎はもしかしたら自分という存在、
自分という芸術を社会に送り出すときの搬送台車として、
テレビというメディアを使い、その力を最大限に利用するには、
ああいうバラエティみたいなところで、いじられることを選択した。
そうすればこどもにまでちゃんと届くはずだっていうことを考えたかもしれない。

タナカ:すごい!

平野:いや、わからないよ。ああいう番組に出て、
ああいうくだらないやりとりをするのが単純に楽しかったっていうだけかもしれないし(笑)。

タナカ:ただ単にね(笑)。

平野:でもちょっと想像できるのはね、太郎に会う人って、
だいたいみんな緊張してるわけじゃないですか。
それを太郎側から見ると、目の前の相手はみんな硬直してるわけでしょ?

タナカ:そうでしょうね。

平野:みんな最敬礼して、「先生!先生!」って。
そういう中にあって、バラエティ番組のスタジオって空気感がぜんぜん違うから、
すごく楽しかったのかもしれない。

タナカ:あぁ、なるほど、なるほど。

平野:まあ、いろんな理由が考えられるし、
もしかしたらその全部なのかもしれないし。

タナカ:やっぱりこどもに届いたっていうのは大きいと思いますよ。
太陽の塔もだし、太郎さんデザインの鯉のぼりが当時、上がってたんですよ。
あれも憧れましたし。カッコエエと思いましたよ。
やっぱウルトラマンの世界っていうか、シャープなうねりみたいな。曲線に。


タナカ:それにわかりやすくもある。原色を使って派手ですし。
鯉のぼりもそうですけど、《顔のグラス》もそうですね。
やっぱりお茶の間にちゃんと降りて来たっていうのが、
他のアーティストと違うところですよね。

平野:ぼくは『みんなの太陽の塔(小学館)』をすごく気に入っていて、
いい感じに仕上がったって思っているんです。


平野:いままでだれも想像したことなかった世界観でしょ?
いちばんの驚きは、70メートルだったものが、人間のスケールになってるところ。
太陽の塔は巨大な神像で、日常世界から切り離された神聖な気配を漂わせているけど、
ここにあるのはその真逆。

タナカ:えん罪的なキャラクターですよね(笑)。

平野:価値観の転倒がすごくおもしろいし、ある意味で芸術的だと思うんですよ。
あれは見た目、お笑いに見えるけど、じつは芸術の文脈にある。
ぼくはぜひ続きをつくりたいと思っているんです。

タナカ:そうですね。

平野:じつはタナカさんの頭の中にはいろんなアイデアがあるんですよ、すでにね。


-楽しみです!
ところでお二人は太郎のようになりたいと思ったことはありますか?


平野:太郎はすごくカッコイイけど、なりたいとは思わないよね。
はっきり言って、ぜんぜんなりたくない(笑)。

タナカ:無理、無理!(笑)。
幼稚園辞めさせられてるんですよね。小学校も退学でしょ?
ダメじゃないですか。

平野:そうね(笑)。

タナカ:小学校一年生で退学するくらい濃い人生ってなんでしょうね。
岡本一平とかの子っていう、相当な自由人に育てられた原始人みたいな。

平野:岡本太郎の魅力ってなんだろうね。

タナカ:いま生きてたらなにするかなとか興味あるんですけどね。
岡本太郎が出てきたときの時代の、
日本人の美術家とか芸術家とかが考えていたことにすごく興味があって。
アヴァンギャルドっていうものがね、
前衛芸術っていうようなことをやってきた人の肝っ玉の入れようっていうか。

平野:なるほど。

タナカ:勅使河原蒼風さん*が、草月会というのを作って、
パリから帰ってきた太郎さんを迎え入れたんですよね。

*勅使河原蒼風
日本の華道家。いけばな草月流の創始者。1927年草月流を創流。

平野:うん。

タナカ:その関係性とかも、すごく興味あるんです。
蒼風さんって生け花に花を使わないで造形に興味がいってたそうです。
鉄とか掘り出した木とか。なんとなく太郎さんに似てるんですよね。


タナカ:当時、日本人はとにかく経済っていう流れがあって。
とにかく「働け!」と言われていた。デザイン的にも、
整備され洗練されたデザインっていうときに、すごいド曲線ですよね?
蒼風さんの生け花もものすごい曲線なんです。

平野:共通点があるわけですね。

タナカ:はい。それで太郎さん「縄文」とか言い出す。
しかもやっぱりその「縄文」っていうのが、やっぱりすごい〝うねり〟ですよね。
そういう「うねりの文化」っていうのがね、
いまの日本のどこにあるのかとかね、そういうのも興味ありますね。

平野:「うねりの文化」っていい言葉だな。

タナカ:歳とって思うに、やっぱりあの曲線にやられたんだなと思うんですよ。
ウルトラマンが好きだった感じもボディの曲線だったりしますし。
あの「うねる曲線」っていうのが、
すごく心をとらえたんだなって思うんですよ。造形的に。


「先に二次会に来てた太陽の塔」
(『バカドリルミニマル』タナカカツキ・天久聖一(ポプラ社))

タナカ:太郎さんとか蒼風さんって、工業化される社会に対して、
大自然みたいな造形をぶち当てていったんだなって思うんです。
植物とかの自然というものを対極にもってきた。
やっぱりそういうものはいまだにおもしろいと思うんですよね。
結局、みんな「うねりに文化」にやられてるなって思うことがあって。


「雨の中すっと彼女を待っていた太陽の塔」

タナカ:やっぱ太郎さんはその「うねり」っていう曲線に生命を感じていたんだろうし、
蒼風さんは、「自然感」って言ってるんですけど、
人にとってすごく根本的なところで。
そこから自分たちはエネルギーを得ているんだっていうようなことをおっしゃってて。


「火事の野次馬の中に太陽の塔」

タナカ: こどもの頃に太郎さんのビジュアルとか、あの恐ろしさっていうのは、
いま大人になって思うに、飼い慣らされないものの怖さっていうか。

平野:野生的な感じ?

タナカ:はい。野生とか原始とか大自然とかいう怖さなんですよね。
でもやっぱりそこに持っていかれる。
飼い慣らされないものが、怖いし、カッコイイし、心をつかまれる。
ぜんぶ飼い慣らされる世界ってのは、
やっぱり気持ち悪くてつまらないなって思いますよね。

平野:太郎はカラス飼ってたくらいですからね。

タナカ:人に慣れないからいいっていうんでしょ?
でもやっぱりそうなんだなと思うんですよ。

平野:飼い慣らされているってことを太郎流にいえば「弥生っぽい」ってことですよね。
太郎は「縄文に帰れ」って言ってたでしょ?「縄文の精神を取り戻せ」って。
弥生時代になって稲作と農耕文化が入ってきて、
役割分担ができ、階級が生まれ、官僚型の管理社会がつくられていった。
来年も今年とおなじように暮らせますようにって願いながら、
権力者の指示にしたがい、みな黙々と職務に励んだ。
そうやって飼い慣らされていったわけですね。


平野:それに対して、狩猟採集の民だった縄文時代には、
厳しい自然に翻弄されながら、
いつ命を落とすかわからないリスクと背中合わせの中で生きていた。
でも、だからこそ獲物を仕留めたときの歓喜とか、ゾクゾクするような生きがいとか、
自然と溶け合って、自然とともに生きたわけですね。
弥生になって、その誇らしい生き方がひっくり返って、
管理する者とされる者がはっきり分かれた管理社会になってしまった。
太郎は「それじゃダメなんだ」と。
縄文こそが日本人の原点であり、
オレたちの血の中に入ってるいちばん大事なDNAなんだと言いたかったんだと思います。

タナカ:それ、すごくよくわかります。

平野:いまタナカさんは縄文的な匂いのするものを、
カッコイイと思いはじめているっていうことなんだと思うな。

タナカ:そうですね。
それがずっと心をとらえてきたんだなって思うんですよね。

タナカ:たとえば昆虫をとってたときも同じ感じなんですよ。

平野:ああ、なるほど。

タナカ:虫を追いかけてた感じ、あのゾクゾクする感じもやっぱり同じ感じで。
そのときに自分が、楽しいとか、生きている感じがしたんでしょうね。
それを太郎さんの作品とか、太郎さんの存在とか、
そういったものに、同じ臭いを感じたのかもしれません。

平野:いまカブトムシはデパートで買うものでしょ?
でも太郎は「カブトムシは自分で捕まえろ」ってたぶん言うよね。
「自分で掴め!」って。

タナカ:そうそう。
カブトムシの造形自体にゾクゾクもっとちゃんとしてみようっていうね。

平野:そうですね。


タナカ:得たいのしれないものって、どんどん受け入れがたくなっていくんですよね。
大人になっていくと。
でもそうすると自然から離れていって、自然から離れると、
どんどん管理できる気持ちもなって、謙虚さも失われていきますもんね。

平野:太郎って、美術の分類からいえば洋画家ですよね。
でもね、一般的に洋画家が描く画題ってまったく描いてないんですよ。
裸婦も静物もない。

タナカ:ああ、そうですね。

平野:パリの街角みたいな風景画もなければ、赤富士みたいなアイコンも描かない。
人物画もありません。プライベートのデッサンは遺ってますけどね。
敏子描いたり。
でもそれ以外はいっさいない。
彼の作品はほぼ例外なく、すべて生き物なんですよ。
『命』なんです。命が宿っているものだけ。

タナカ:なるほど!

平野:ヘンな形しているし、なんだかよくわからないけど、
でもそれはやっぱりカブトムシ的、クワガタ的なものなんだと思うんですよ。

タナカ:やっぱり、あの形、あれにやっぱりゾクゾクしましたもんね。

平野:縄文的な匂いのするものを、
カッコイイと思いはじめたタナカカツキに、乞うご期待!

タナカ:おたのしみに!(笑)

平野:これじゃ終わらないからね。太郎とのコラボは。


タナカカツキ(たなかかつき)
1966年、大阪府出身。18歳でマンガ家デビュー。
著書は岡本太郎の作品に感動したトン子が芸術とは何か、
己とは何かを問う『オッス! トン子ちゃん』や
『バカドリル』(天久聖一との共著)など、映像作品も多数手がけ、
アーティストとして幅広いジャンルで活躍中。
「コップのフチ子」の原案者でもある。
http://www.kaerucafe.com/


平野暁臣(ひらのあきおみ)
1959年生まれ。岡本太郎が創設した現代芸術研究所を主宰し、
イベントやディスプレイなど“空間メディア”の領域で
多彩なプロデュース活動を行う。
2005年から岡本太郎記念館館長を兼務。
最近では、『「明日の神話」再生プロジェクト』に続いて、
岡本太郎生誕百年事業「TARO100祭」を率いた。
当サイトのエグゼクティブプロデューサーでもある。

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