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第2回 山下裕二②

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前回に続き、
美術史家で明治学院大学教授の山下裕二さんに、
岡本太郎への熱い思いを語っていただきます!

〈前回までは〉
山下裕二①「太郎さんが亡くなって、ただならぬ胸騒ぎがしたんです。」

今回は岡本敏子さんとの出逢いについて。

もう敏子に首根っこ捕まえられたというか、
手のひらの上で転がされたというか、

敏子と会ったのは、
それからしばらくたって、
99年くらいだったと思うけど、

NHKが岡本太郎の番組を作ることになったんです。
「日曜美術館」で。

「岡本太郎~伝統をつかみ取れ」っていうタイトルでしたね。

その番組に、
ぼくがメインで出演することになって、

「きっと《太陽の塔》の造形には、
縄文の土偶のイメージが反映しているんじゃないか」

とか、

《太陽の塔》の前で、
土偶のレプリカを持たされて(笑)、

そういうことを話したんです。

その《太陽の塔》の真下で、
岡本敏子と初めて会ったんです。

敏子さんとしてはね、

「美術史の大学の先生が、
太郎さんについて語るなんて大丈夫かしら?」

って訝しがっていたらしいんです。

それでロケの様子を見に来たんですね(笑)。

本当は一緒に銀閣の庭の取材をするんで、
次の日に会うはずだったんです。

まさか《太陽の塔》の下に来ているとは思いませんでした。

だけど会って話したら、
すぐに意気投合して、

食事というか、
お酒を飲みに行きました。

いま思い返しても、
そのときは強烈でしたね。

京都のすごく高級なところに行ったんですけど、
板前さんに、

「これじゃダメよ!もっとこうしなさいよ!」

とか言ってて(笑)。

それでお酒もぐいぐい飲むんです。

たしか、
深夜の1時半くらいまで飲みました。

それでね、
翌朝6時から、
銀閣のロケだったんです。

でも、
敏子はぜんぜん平気で。

「あら、おはよう!」

なんて爽やかに現れましたね。

「わたくしはね、どんなに飲んでも、
朝になるとパチッと目が覚めるのよ!」
なんて得意げに言ってました(笑)。

それで一般公開の前に、
ぼくと敏子がロケをして、

銀閣の庭は、
50年近く前に、
敏子と太郎が一緒に行ってる場所なんです。

そこで、
太郎さんが撮った写真と、
同じアングルでまた写真を撮ったりして。

それからですね。

もう敏子に首根っこ捕まえられたというか、
手のひらの上で転がされたというか、

「この子、使えるわ!」

という感じだったんでしょうね。

その頃、
いちばん目を付けられたのは、
ぼくと、椹木野衣さんでしたね。

*椹木野衣
美術評論家、多摩美術大学美術学部教授。
主な著書に『シミュレーショニズム』など。
近年は岡本太郎の再評価にも力を注ぐ。


敏子は、
「これから私が、
どんどん太郎を復活させるんだ」と。

太郎が亡くなってから、
少しはメディアで、
取り上げられるようにはなっていたものの、
まだ道半ばという感じでしたから。

「まだちっちゃな花火が上がったくらいなのよ。
これから4尺玉を打ち上げるんだから」

って口癖のように言ってましたね。

こうして敏子と出会ってからは、
ことあるごとに敏子といろいろ話しましたね。

いったい何回くらい、
対談やインタビューをしたか(笑)。
数え切れないほどです。



太郎の巡り合わせで、
敏子と出会った山下さん。

次回は敏子の酒豪ぶり(?)について、
さらに語っていただきます!

山下裕二③

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山下裕二
1958年広島県生まれ。
東京大学文学部美術史学科卒業、同大学院修了。
日本美術史研究者、明治学院大学教授、
日本美術応援団団長、山種美術館顧問。
室町時代の水墨画の研究を起点に、
縄文から現代美術まで、
日本美術史全般にわたる幅広い研究を手がける。
WEBサイト「山下裕二研究室」
https://art.flagshop.jp/

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