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竹田鎭三郎氏インタビュー② メキシコに架けたアートの橋

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《明日の神話》の助手を務めた、
竹田鎭三郎氏のインタビュー第2回です。

〈前回までは〉
①北川民次にあこがれて

今回は竹田氏がメキシコに渡るまでのことをお聞きします。

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旗を掲げて、海を渡った

平野:そんな学生時代から数年後に、
竹田さんはいよいよメキシコに渡るわけですよね。
でも当時の若い画家の頭に最初に浮かぶ場所って、
普通に考えればパリかニューヨークでしょう?

竹田:そうなんですよ。
じっさいパリに行くチャンスもあったんです。
イギリス大使館の文化担当の人が
イギリスの週刊誌に記事を書いていたんだけど、
それにぼくが挿絵を描いていた。
まだ学生の頃です。
その彼が「おまえ、外国へ行きたいだろ?
美術家だからやっぱりパリかな」と言うんで、
「もちろん行きたいけど、百姓のせがれでお金がないから」
と言ったら、
「それは心配しなくていい。ぼくがなんとかしてあげるよ。
ただし向こうで生活しなくちゃいかん。
外国ではいまの君の絵ではとても勝負にならないから、
散髪を覚えたまえ」って言うんです。
はさみ一丁でお金がもらえるからって。
それでぼくは一生懸命はさみの使い方を覚えました。

平野:なるほど(笑)。

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竹田:東京の新聞に記事も出ましたよ、
〝シンデレラボーイ〟って。
大使館の人にフォークの使い方なんかも教えてもらいました。
日本人のメイドさんがいて、
イギリスの肉料理を食べたんです。
あの頃、肉なんて食べたことなかったですからね。
ぼくらみたいなおなかをすかせた貧乏人は、
半分腐りかかったイワシのてんぷらなんかを
食べていた時代ですもんね。
そんな素敵な肉を食べて、ぼくはおなかをこわした。

平野:(爆笑)

竹田:その「シンデレラボーイ計画」が、
いつの間にか消えちゃったんですよ。
どうしてダメになっちゃったのかな…。

平野:パリ行きが露と消えてしまった…。

竹田:そう。
で、これからどうしようって思っていたときに、
さきほどお話した久保先生が
「君は北川先生にあこがれて絵をやっているんだから、
やっぱりメキシコへ行くべきじゃないか?」って。

平野:なるほど。それで。

竹田:はい。
でも、もちろんお金はありません。
久保先生にそう言うと、
「それは心配しなくていい。
旗を揚げなさい。
外国へ行きたいと君が手を挙げれば、
みんなが応援してくれるから」と。
じじつ、そうでした。

平野:それは、どんな…?

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竹田:当時、久保先生は
美術教育運動というのをやっていまして、
全国の美術教育のリーダー的存在だったんですね。
全国に支部があって、
神戸、熊本、静岡なんかが元気があったんですが、
そういうところをまわって勢いよく旗を揚げるんです。
メキシコへ行きたいって。
そうしたら、みなさんがぼくの絵を買ってくださって。
昼間、絵を描いて、夜はそれを売りに行く
というようなことをやっていました。
もうへとへとになりましたけど。

平野:ああ、いい話だな。

竹田:こんな貧乏百姓の息子を、
みんなで外国へ出してくれたんです。
瀬戸の窯焼きさんたちも、
お金がないのに一生懸命絵を買ってくれて。
ウナギも食わせてもらいました。

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《ワニの大地》竹田鎭三郎  2006

平野:そうやって、ついに日本をあとにされたわけですね。

竹田:はい。羽田を出るとき、
みんなが見送りに来てくれたんですが、
「ぼくは北川先生より1年長い16年行って参ります!」
なんて、得意になって宣言したことを覚えています。

平野:師を超えるんだと(笑)。

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竹田:若気の至りです。
当時、国立美術館で
「外国に行った日本の作家」展みたいなのがあって、
外国で学んだ作家たちの滞在年数、
日本を離れていた年数が展示されていたんです。
たしかいちばんは佐伯祐三で、
三十何年だったと思うんですが、
北川民次が2番目か3番目で15年。
安井(曾太郎)、梅原(龍三郎)なんかは
長くて5年なんですよね。
久保貞次郎先生から、
外国にいる年季が大切なんだって教えられて。



ついにメキシコに渡った竹田さん。
いよいよ《明日の神話》について語っていただきます!
お楽しみに。

竹田鎭三郎氏インタビュー③


現在、川崎市岡本太郎美術館にて、
《明日の神話》の助手を務めた竹田鎭三郎氏の
企画展が開催されています。

企画展
「竹田鎭三郎-メキシコに架けたアートの橋」展
―岡本太郎《明日の神話》を支えた画家―

~2015年7月5日(日)まで。
川崎市岡本太郎美術館

入館料は一般900円
高校・大学生・65歳以上700円
中学生以下は無料

月曜日休館(月曜日が祝日の場合は翌日)

詳しくはWEBサイトを御覧下さい。
http://www.taromuseum.jp/

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竹田鎭三郎
1935年愛知県瀬戸市で生まれ、
1957年に東京藝術大学美術学部絵画学科油画専攻を卒業、
同年第1回東京国際版画ビエンナーレ展に入選する。
北川民次の弟子となり、
1963年メキシコ美術の「魔術的リアリズム」を見るため、メキシコに渡航。
1977年まで版画家として画家として創作を行う。
1987年からオアハカに定住しUABJOの美術教授となる。
1980年には、Escuela de Bellas Artesの造形美術学科長に任命される。
2002年、同校のアカデミックコーディネーターとなる。
約60年間にわたり多彩な作品を生み出してきた。
本展では、新作を含めた油彩、版画作品を展示する。

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