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竹田鎭三郎氏インタビュー④ メキシコに架けたアートの橋

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《明日の神話》の助手を務めた、
竹田鎭三郎氏のインタビュー第4回です。

〈前回までは〉
①北川民次にあこがれて
②旗を掲げて、海を渡った
③《明日の神話》の制作がはじまった


今回は《明日の神話》制作中の、
太郎のエピソードをお聞きしました!

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太郎はなにも言わずに黙って筆をとった

平野:若い日本人の絵描き3人で、
太郎が日本から持ち込んだ下絵を拡大していったということですが、
じっさいの作業はどのようなものだったんですか?

竹田:当時はもちろん、
プロジェクターを使って拡大するなんてことはできなかったから、
小さな下絵にみんな升目を引いて、それを頼りに拡大していきました。
升割りをした後、たしか木炭で形をトレースしたんじゃなかったかな。
その辺りはよく覚えがないけど。
とにかくなにかでトレースして、それから色を塗りはじめたんです。

平野:3人は壁画制作の経験があったんですか?

竹田:いや、まったく。ぼくだってやっと美術学校に入って
壁画の勉強をはじめたばかりでなにも知らなかったしね。
画材が専門のルイスからいろいろ教わったんじゃなかったかな。

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平野:そういえば《明日の神話》に使われている絵具はアクリル系ですよね。
時間がない中での作業だったし、もともと太郎はせっかちだから、
アクリル絵具は乾くのが早くていいってすごく喜んだと聞いてます。

竹田:ああ、そうでしょう。
ルイスに紹介してもらって、シケイロスがはじめた
「ポリテック」という会社の絵具を買いに行きました。
シケイロスの弟がその絵具会社の社長をやっていましてね。
ポリテックは普通の学生が使うようなものだったから、
もうちょっと良い材料が欲しいといって、
シケイロスの弟のところに頼みに行ったんです。
それを大きな缶でたくさん買いました。

シケイロスと
シケイロスと

平野:拡大作業はすべて3人でやられたんですか?

竹田:そうです。3人以外はいませんでした。

平野:役割分担は?

竹田:いや、なにもないです。
ただしぼくがリーダーだったので、ふたりにはぼくが指示をして。
なにしろ彼らは壁画のことをなにも知らなかったので。

「サポテカの地下世界」2010/131x162

《サポテカの地下世界》竹田鎭三郎  2010

平野:太郎はときどき来るだけだから、作業を進めながら、
ほんとうにこれでいいのか、このまま進めて大丈夫なのかって、
不安になったり迷われたりされたでしょう?

竹田:先生は敏子さんと一緒に何カ月か後に来るんですよね。
現場に来て、いちばん最初に敏子さんが
「こんなの形が違う!」って言うんです。

平野:(笑)

竹田:それでぼくなんかは、
「もう、なんだよ。こんなにでかいんだから、
このくらいの違いなんか、遠くから見たら無いのと一緒じゃないか」ってね。

平野:どうせわかんないじゃないかと。

竹田:そう言ってね、口答えしたこともありました。
そうしたら岡本先生が、ホテルへ送っていったときだったかな、
「君は気骨があるから将来性があるよ」なんて言ってくれて。

平野:へえ、それは珍しいな。

竹田:そう? 褒められたのか冷やかされたのかよくわかんないけど(笑)。

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平野:敏子が文句を言ってるとき、太郎はなんか言いました?

竹田:それがね、なにも言わないの。

平野:なにも言わない?

竹田:そう。先生はなにも言わないんです。
敏子さんがひとりでワーワー言うだけで。

平野:そうじゃないかと思った(笑)。

竹田:そういうとき、先生はなにも言わずに黙って筆をとるんです。

平野:やっぱり…。

竹田:アクセントをつけたり、最後のタッチを加えたりね。
そういうことはぜんぶ岡本先生がご自身でやりました。
何回も来て、自分でね。
ぼくなんかはきれいに出来たって無邪気に喜んでいたんだから、
ほんとにしょうがないね(笑)。

平野:作品の進行状況を見た太郎は、
その場で、黙って直していったと。
どういうところが気に入らなかったんでしょうね。

竹田:気に入らないというより、魂を込めるみたいな感じだったな。
岡本先生がひと筆やると、ほんとにピシっと決まるというか、
命が伝わるというのか…。

平野:作品に命が宿る?

竹田:そう、そう。それはぼくらにはできなかった。
ぼくらは色を真似ているだけでしたからね。
美術というものはただ真似ていてはダメなんだっていう、
そんなあたりまえのことを、そのとき改めて実感したことを覚えています。

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《オアハカのヴィーナス》竹田鎭三郎  2015



次回は《明日の神話》
その中央にあるレリーフについて。

その違和感とは?
お楽しみに。

竹田鎭三郎氏インタビュー⑤




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竹田鎭三郎
1935年愛知県瀬戸市で生まれ、
1957年に東京藝術大学美術学部絵画学科油画専攻を卒業、
同年第1回東京国際版画ビエンナーレ展に入選する。
北川民次の弟子となり、
1963年メキシコ美術の「魔術的リアリズム」を見るため、メキシコに渡航。
1977年まで版画家として画家として創作を行う。
1987年からオアハカに定住しUABJOの美術教授となる。
1980年には、Escuela de Bellas Artesの造形美術学科長に任命される。
2002年、同校のアカデミックコーディネーターとなる。
約60年間にわたり多彩な作品を生み出してきた。

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