Digs

敏子のエッセイ⑤縄文「生命の根源に響く」

07d34e85-1725-492a-c9f1-3f3cb349592d

今回の「満月日記」は、
岡本太郎も愛した「縄文」について、
そして現代に生きる「縄文」とは何か
敏子が教えてくれます。



この夏、新潟県長岡市に
県立の歴史博物館がオープンした。

長岡は、国宝第1号になった火焔土器が
ほぼ完型のまま出土した、
縄文にとって由緒深い土地である。

この博物館も米と雪と縄文という
ユニークな構成だが、
館長が考古学者の
小林達雄氏であることでも分かるように、
重心は縄文にかかっており、
縄文博物館と言ってもいい。

縄文といえば、岡本太郎と思われたのだろう。
長岡市や商工会議所が主催して、
開館に合わせ、7月22日から
「火焔のよころび、岡本太郎展」がひらかれた。

長岡の人たちは
縄文の故郷の誇りにかけて、
この土地に縄文人のいのちを
爆発させようと張り切っている。

その思いは見事に実を結んで、大変な盛況。
関連行事ももりあがっている。

遺跡、遺物も大事。
それは大切に守り、
研究しなければならない。

だがその一方で、
いま、現在に生きる縄文とは何か。

その生命をどう生かすべきか、
真剣に取り組み、挑まなければ、
単なる遺跡の番人になってしまう。

長岡の人たちの心意気は嬉しい。

それにしても、
このところの縄文ブームは凄い。

IMG_0001

三内丸山が火を付けたことは確かだが、
次から次へと考古学的な発見が相次ぎ、
毎日のように定説が塗り替えられてゆく。

獣の皮を身にまとい、
棍棒か石槍を持って
動物を追いかけてさまよっていた、
未開な人々という
縄文人のイメージはすっかり変わって、
大きな集落を営み、
アンギンというニットの衣装に、
漆の櫛を差したり、
蔓で編んだお洒落なポシェット、
腕輪や耳飾り、
ペンダントなど装身具も豊かだ。

直径7メートルもある巨木を押し立てるかと思えば、
三、四百人は入れそうな大集会場も作る。

水辺にはちゃんと護岸工事をして
舗装した道を通す土木工事もやっているし、

埋められた、あの気の遠くなるほど厖大な量の土器。

丁寧に水平に敷き並べた層を何段にも重ねた、
堤のような連なり。

いったいこれは何なんだ、と誰でも思う。

ごみ捨て場だという説もあるが、
そんな筈はあり得ない。

計画的に、そして、長期にわたって
築き上げられた意図的な構築物、
私は祭祀遺跡に違いないと思っている。

北方系の縄文にばかり眼を奪われていたら、
九州の南部にも定説をくつがえす
面白い遺跡が次々と発掘されているし、
関東地方にも巨大な円環状の遺跡が出て、
縄文人の精神生活を浮かび上がらせる。

イマジネーションは限りなくふくらんでゆく。

今や、縄文のふるさとはこちら、
などと本家争いをやっている時代ではない。

それにしても、何千年も前に日本には
こんなにも凄い文化があった、
と得意になって、うっかりすると、
ナショナリズムに傾きそうな気配がこわい。

その土地に生き、自然と闘って、
充実して生きた人々の、生活、風土から
生まれた文化であることは確かだ。

われわれの生命の根源にストレートに響いてくる。

だがそれは人類の誇りであって、
日本でもなければ、青森でも、新潟でも、
鹿児島でもなかったということを、
しっかり心に据えておかなければならない。

でないと「日本は神の国」などという
おっかない思い込みを、
またもや押し付けられることになりかねないから。



「縄文」の頃に思いを馳せつつ、
私たちはいまの自分たちの生活について
改めて考えるときが来ているように思います。
あなたはどのように感じたでしょうか?

次回は、
アイゴー「激情表現にも文化」をお届けします。
お楽しみに。

Articles

Special Feature

Channel Taro TV

Read More
:: March 21, 2017

《門扉》制作風景

Read More
:: November 30, 2016

《樹人》制作風景!

Read More
:: August 3, 2016

《五大陸》制作