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ダースレイダー対談①「日本語ラップの過去・現在・未来」

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「クラブとクラブカルチャーを守る会」では広報を担当し、
ジャパニーズ・クラブの発展にも尽力されている、
ヒップホップ界をリードするラッパー、ダースレイダーさんです。

②ある意味「ぶっ壊しちまえ!」みたいなね(笑)。
③留守電に自分のラップを吹き込んで、練習したりね。
④向こうのヤツらが納得するような表現をどうやってつくるのか?
⑤アメリカ意識は相当薄まっていますけどね。
⑥いまは休み時間に廊下でみんな一緒にやってますからね。
⑦「芸術は爆発だ!」っていうのも、パンチラインですよ。

まずは「ラップの定義」についてお聞きしました!

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「シェイクスピアが元祖ラッパーだ」なんていう人もいるくらいで。

-まずはラップについてお聞きしたいのですが。

平野:うん、まずはそこから。というのも、正直に告白しますが、
じつはぼく、ラップのことほとんどなにも知らないんです。
ラッパーをお迎えしておいてこんなことを言うのもナンですけど、
あまり聞いたことがなくて…。申しわけないです。

ダース:いえいえ、そういう人多いですよ。
ていうか、ほとんどの人がそうじゃないかな。

平野:もちろん、聞いたことがないわけじゃないですよ。
いまの世の中、いたるところで流れてますからね。
でも、「ラップって、なに?」って訊かれても、いっさい説明できない。
そもそもラップの定義ってあるんですか?

ダース:一応、ありまして。単純に歌い方の1つ。
つまりボーカルテクニックの1つなんです。

平野:あっ、歌い方の問題? それっていつ頃からあったんですか?

ダース:かなり昔からあったんですよ。60年代末くらいからですね。

平野:え? そんな頃から?

ダース:はい。ラップってしゃべり口調に近いでしょ?
しゃべりにリズムをつけるのがラップ。メロディよりリズム。

平野:なるほど、リズムね。

ダース:歌い方にもいろいろありますけど、
なかでもリズムを軸にするやり方がラップです。
その歌唱法がとくに得意だったのが黒人だったり、ラテン系だったり。

平野:長けてそうですもんね。

ダース:ですね。言葉をリズミカルにしゃべるのが得意だったんですね。
それでそこから進化していくんです。

平野:なるほど。

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ダース:ヒップホップっていう音楽ジャンルが出てくるのはもう少し後です。

平野:音楽様式というよりボーカルテクニックだったっていうのは、ちょっと驚きだな。

ダース:それでそのリズムをつくるときに、いわゆる押韻=ライミングですね。
韻を踏むことで音が揃うので、その音が揃ったところにリズムが生まれて、
その生まれたリズムを連続していくことよって、グルーヴをつくっていくんです。

平野:ラップが音楽のジャンルではなくボーカルテクニックであるとすれば、
極論するなら、演歌でもラップという形をとり得るということですか?

ダース:できます。昔のソウルミュージックなんかで、
語り部分があるでしょ? 間奏とかになると。

平野:ありますね。甘い言葉をささやいたりね。

ダース:その語りは「ラップ」って表現されていたんですよ。

平野:そうなんだ。

ダース:ほかにも、たとえば詩人たちがドラムのリズムだけで
詩を読むみたいなものも、ラップ表現の一形態と言われています。

平野:なるほど。

ダース:詩も押韻が基本ですからね。
ラッパーには「シェイクスピアが元祖ラッパーだ」なんていう人もいるくらいで。

平野:おもしろいなあ。

ダース:平野さんはどんなジャンルの音楽を?

平野:最初、小学校5〜6年のころに洋楽を聴きはじめたんです。
1970年あたりですね。
偶然耳にしたラジオのFEN(いまのAFN:米軍放送網)で。
それはもう衝撃でした。あたりまえだけど、流れてくるのはぜんぶ英語。
ウルフマン・ジャックとかが出てきてね。

ダース:ええ。

平野:ジョン・レノンやストーンズが流れて来るわけですよ。
なにしろ当時の小学生の耳に入ってくる音楽って、
クールファイブや青江三奈ですからね。

ダース:(笑)

平野:FEN、カッケー!って(笑)。
それでロックを聴くようになり、その後ジャズに行ったりしながら、
いろんな音楽を聴いてきました。
オヤジになったいまはもっぱらブルースです。

ダース:なるほど。

平野:ぼくがこどものころツェッペリンとかを聴いているとき、
すでに海外ではラップそのものが存在していたってことですよね。

ダース:そうです。60年代の終わりくらいに
ジェームズ・ブラウンがファンクミュージックをつくったでしょう?

平野:はい。

ダース:それがヒットして。
ファンクっていうのは「良いリズム」という着眼点で音楽をつくっていくわけです。
それまでの音楽に「良いメロディ」という感じ方があるようにね。
それをボーカルに限定したのがラップなんですよ。

平野:そうか。

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ダース:さきほど平野さんがウルフマン・ジャックって
ラジオのDJの話をされましたけど、
あの人たちもしゃべりにノリがあるじゃないですか。

平野:そう言われれば、ラップっぽいですね。

ダース:ちゃんとリズムを意識しているんです。
リズムが平坦だとのぺーっとしたしゃべりになっちゃうけど、
どこにアクセントを置いて、どこで止めて、どこで出すかっていうのを
意識してしゃべるとすごくノリが出てくるんですね。
それをより特化させたものがラップだと思ってもらえばいいと思います。

平野:そういえば、ジェームズ・ブラウンの「ゲロッパ!」もラップ的ですもんね。

ダース:そうです。ある種、ラッパーの先達的な存在ではありますね。

平野:いまの話を聞くと、シンガーとしての感性は大切にしつつも、
歌の技術というより楽器の演奏に近くないですか?

ダース:そうかもしれません。歴史的にみると、70年代にディスコとか
音をかけながらみんなで踊る場所がたくさんあったんですけど…。

平野:ぼくもよく行きました。

ダース:そういう場所でDJの人が音をかけたときに、
お客さんを煽る係の人がいて。

平野:いた、いた。

ダース:その人が「今日のDJはノリがいいぜ!」とか
「今度この曲かけるからみんな盛り上がれよ!」とか
言っていることがラップになっていくんです。

平野:あ、なるほど。

ダース:ただディスコって当時はお金がある人しか行けなかったので、
貧乏な人たちはそういったところで遊べなくて。
公園だったり、体育館みたいなところに
無理矢理スピーカーを入れて踊るようになったんです。

平野:はい。

ダース:そういう小さなコミュニティが、
ニューヨークのブロンクスにはいくつかあって。
そういった場所でDJが曲をかけていると、
遊びに来た近所の人たちを煽るわけです。名前を言いながら。
たとえば「田中一家のみんなが遊びに来てくれたぜ!」みたいな。
「今日は調子どうなんだ?」とか
「文房具屋の佐藤が来たけど、儲けてるのか? オマエ」
みたいな丁々発止を黒人的なユーモアでしゃべって言って。

平野:なんかラップっぽくなってきましたね。

ダース:そんな丁々発止をDJの横で曲に合わせてやるので、
どうしてもリズムが必要になってきて。
そのリズムに合わせてひたすらしゃべることが、
いわゆるMCって言われるものになっていくんです。

平野:司会のMCと同じ意味ですか?

ダース:そうですね。そのMCの人たちがしゃべっている横で、
今度はDJが進化していくわけです。

平野:ええ。

ダース:まず踊りに来ている人たちの中で、
歌のメロディをずっと聴いているのが不満になっていくんです。

平野:歌を聴かないで何を聴くんですか?

ダース:踊りたいだけなので、ドラムが激しく鳴っている、
いわゆるビートだけが続いていたほうが楽しいと。

平野:なるほど。

ダース:そこでDJはドラムのところだけをかけるようになるんです。
あるレコードのドラムをかけて、そこが終わりそうになったら、
もう一枚同じレコードのドラムの部分をかける。

平野:同じビートを繰り返しつないでいくっていうことですね。

ダース:はい。それでこの考え方が次第に、
「このレコードは、他はクソだけど、この部分だけはすげえカッコイイんだよ!」
みたいなのを、それぞれのDJの視点で見つけてきて、そこをひたすらかけていく。
で、そこをMCはさらに煽る。

平野:それが〝サンプリング〟の元に?

ダース:そうです。それが音楽としてのラップのはじまりなんですよね。

平野:ヒップホップの原点ですね。

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ダース:それを70年代の終わりくらいに、
レコード会社の白人の女社長でシルヴィア・ロビンソンって人が、
現場でそれを見て、「なんだ、これは?」と(笑)。
「なんかすごい盛り上がってるけど、これは何をやっているの?」って。

平野:うん(笑)

ダース:「オレは何とかって名前なんだよ。
オレはこんだけ夢をいっぱい持ってて、そのうち飛行機とか買ってやるぜ!」
って盛り上がってる(笑)

平野:くだらねー(笑)

ダース:それでおもしろいからってレコーディングしてみようってことになって。
はじめてラップのレコードをつくってみたのが79年なんです。

平野:へえ。

ダース:それがヒットしちゃった。

平野:おもしろいな。

ダース:当時はサンプリングしようにもサンプラーがないから、
バンドを雇ってレコードと似たようなフレーズを弾かせたんですよ。

平野:なるほど!

ダース:じっさい最初にヒットしたラップレコードっていうのは
「シック」っていうファンクバンドがいて。

平野:若いころハマりました。大好きですよ。

ダース:彼らの「グッドタイムズ」っていう曲の
ベースとドラムのフレーズを演奏して、そこに
「今日はみんなを楽しませるために来たぜ!
オレは誰々だ。女を口説かせたらオレの右に出る者はいないぜ!
ひとたびしゃべれば、女はぜんぶオレのものだぜ!」
って言ってるだけのレコードが出て(笑)。

平野:(笑) でもヒットしたと。

ダース:そう。ヒットしたらみんな二匹目のドジョウを狙いますよね。
「これが商売になるならやろう!」ってどんどんつくるようになった。

平野:なるほど。

ダース:そうすると次第に「リズムに乗ってしゃべる言葉に意味があったら、
もっといろんなことができるんじゃないの?」って気づいた人がいて。

平野:進化だ!

ダース:メリー・メルっていうラッパーなんですけど、
その人が82年くらいに、
当時の貧困層が増えて街が荒廃していく様をラップにしたんです。

平野:メッセージですね。

ダース:まさに曲名が「メッセージ」なんです(笑)

平野:おお!(笑)

ダース:それがまたヒットして、
そうなると今度は中身のあるラップがどんどん形になっていく。

平野:内容が洗練されていくわけですね。

ダース:それがヒップホップ。ラップミュージックとして進化を遂げたんです。

平野:なるほど。

ダース:21世紀の現在では、そういったヒップホップの手法は
ポップスでも取り入れているくらいに浸透しましたが、
最初はディスコとかダンスホールからスタートして、
そこから独自の進化を経てきたわけです。



いかがでしたか?
これまで“ラップ”に興味がなかった方も、
“ラップ ミュージック”というものがどのようにできたのか、
おわかりいただけたのでは?

次回は“ラップ”をする“ラッパー“の存在についてお聞きします!

ダースレイダー対談②

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ダースレイダー

日本人のヒップホップ・ミュージシャン/トラックメイカー。
1977年フランス、パリ生れ。
少年期はロンドンで過ごす。東京大学文学部中退。
音楽に傾倒しつつも何も出来ずにいたところをラップと出会い、
独自のFUNK/SOULミュージックとしての、
HIPHOPを追求することになる。
Da.Me.Records主催。
“ファンク入道”や“RAYMOND GREEN”名義でも活動。
98年、MICADELICのメンバーとして活動開始。
2004年の『THE GARAGEFUNK THEORY』を皮切りに、
コンスタントに作品を発表。
『月刊ラップ』編集長を務め、著書も発刊。
音楽愛にあふれたMCにも定評があり、
TV番組ほかさまざまなメディアでマルチに活躍。
2014年に漢a.k.a.GAMIが率いる鎖GROUPに加入、
レーベルBLACKSWANの代表に就任した。

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