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『日本再発見 芸術風土記』から本文を一部抜粋!!

1969-58歳 大分にて

7月25日(土)に、
角川ソフィア文庫から同時刊行された、
『日本再発見 芸術風土記』『神秘日本』の2冊。

もう読んでいただけましたか?

まだというあなたのために、
今回、PLAY TAROでは本文を一部を抜粋してお届けいたします!

まずは『日本再発見 芸術風土記』から。

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■『日本再発見』抜粋1 「長崎」より (PP.72-74)

(……)

長崎の異国文化にはたしかに一つのタイプがある。
私の案内された宿の装飾などもその象徴である。
ほとんどが散逸したとはいえ、やはりここは西洋骨董、
そのエキゾティスムの宝庫であり、
短い滞在中にも随所で南蛮渡来の美術品にぶつかった。
好事家にはヨダレのたれるようなものだろうが、私には少しも興味がない。
空虚なのだ。それらを眺めながら、私は直観した。
日本は果して幸運な時期に西洋と結ばれたのだろうか?

これは恐らくわが国の文化の最も重要ポイントの一つである。
徹底的に考えてみる必要がある。

私はこの点について否定的だ。
日本は悪いモメントのもとにだけ、西洋文化に出会ったとしか思えない。

たとえば、まったく勝手極まる想像だが、
もし日本がはじめてぶつかった文化が西欧ルネッサンス以前だったら、と考えてみる。
こんな仮定が無茶であることは承知の上だが。

強力な統一国家権力の成立以前の中世ヨーロッパ。
教皇のもとに一応の道徳的秩序をたもっていたとはいえ、
土地土地の小領国はそれぞれの土台、地方色の上に、対等に生きていた。
いささか牧歌的に見すぎるきらいはあるが、
しかし、東西の文化的段階に大きな食いちがいはなかった。
もしそんな時代に、――日本とはいわない、
東洋と西洋とが正しくぶつかっていたとしたら、
あるいは対等、同質的に問題をすすめあい、
驚異的な世界ルネッサンスをともに作り上げて、
今日とは違った人類文化をうちたてたのではないだろうか。

それはそれとして、少くとも今日の日本がになっているような、
不幸な輸入文化のゆがみはおこらなかったと思うのだ。

(……)

(2ページ目に続きます)

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