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第3回 岩間玄②

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「明日の神話」プロジェクトメンバーとして、
数々のテレビ番組を制作されたプロデューサーの岩間玄さんに、
岡本太郎への熱い思いを語っていただいています。

〈前回までは〉
岩間玄①「そこから大きなストーリーが始まるんです」

太郎の死と“本当の出会い”について。



当時の少年少女たちにとっては、
岡本太郎さんって人は、
基本的に物心ついたときから、
そんな風に輝いている存在で、
それこそ太陽みたいな人なんじゃないかな、と。

いて当たり前だし、
いることの特別さって、特段意識しない。

太陽が昇って光り輝いてまた太陽が沈む。
それと同じくらい自然な存在としてそこにある。
当たり前のようにそこにいるキラキラした存在。

だから好きとか嫌いとかっていうことも、
もっと超越しているんですよね。
太陽が好きとか嫌いとかっていうのが
ナンセンスなのと同じくらい、
岡本太郎さんを好きか嫌いかって問われても、
それすら考えたことがない。

ただそこに当然のように輝いている
っていうのが基本的な太郎原体験です。

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それでそのまま大人になっていく。
だから意識なんてしないですよね
岡本太郎っていう人を意識しない。
存在しているってことは
皮膚感覚として理解しているけれど
日頃特段意識しない。

そんな感じで、
ずっと小学校、中学、高校、大学と過ごし、
彼の制作発表とも緩やかに併走して生きるわけです。
でもすごく熱心に
彼の作品を追っかけていたわけでもないし、
ものすごく熱心に彼の著作物を
読みあさっていたわけでもないんです。

そうこうするうちに、
太郎さんがあんまり表舞台に出られなくなって、
それで95年に亡くなるわけですけれども…

僕は岡本太郎っていう存在を、
本当の意味で知ったというか
本当の意味で“出会った”っていうのは、
実は亡くなってからなんですね。

そういう点でいうと
生粋の太郎ファンに比べれば
恥ずかしいくらい歴史が浅いんです。
長い間、本当の意味では知らなかったし
本当の意味では出会っていなかった…。
僕はそのことに対して、
実は拭い去りがたいある種の後ろめたさと
後悔とがあるんです。

でも…実はそのほうが良かったんだって、
最近ちょっと思うようになってて。
それはあとでお話しできればと思うんですけど。

それはまぁさておき…

とにかく生前ものすごく特別な関心が
あるわけではないんだけれど、
でも無視しているわけでもない。

最近は、あんまり表には出てこないなとか、
テレビのバラエティで見かけなくなったなとか。
そういうことは何となく理解しているんですけど、
その程度で。

で、95年に亡くなられて。

「芸術新潮」が『さよなら岡本太郎』という、
一大特集号を組むわけです。

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僕はその頃、普通にアートが好きだったので、
「芸術新潮」とかも普通に買って読むわけですね。

それで、
その『さよなら岡本太郎』っていう特集が、
…あまりにも素晴らしかったんです。

僕は衝撃を受けました。
これまでいて当たり前だと思っていた
太陽のような存在の人が、
どういう人だったのかってことを、
そこで初めて知ったわけです。

「芸術新潮」のこの『さよなら岡本太郎』は
太郎ファンならよく知っている有名な特集なので、
今さらっていえば今さらなんですけども…
とにかく、とてつもない喪失感に包まれた
切ない特集なんです。

岡本太郎っていう人がいなくなってしまった、と。
でもまだ誰も整理はできていない。

我々は一体何を失ってしまったのか?
それに対してきちんと論評することはできないけど、
まず我々は失ってしまったっていうところから
考えようと。
この穴の大きさとか、この穴の深さについて、
みんなでゆっくり考えてみよう。

そんな内容だったんですね。

そこに敏子さんが
文章を差し挟んでいくんだけれども、
ある意味では、ほとんど未整理の特集なんですよ。

岡本太郎っていうのはこういう存在だったって、
明確に位置づけられているわけでもないし、
彼のいいところはこういうところ、
悪いところはこういうところって、
体系化されているわけでもない。

ただただ日本の美術界は、
あるいはその世界は、
岡本太郎っていう存在を失ってしまったんだ。

その失ってしまった穴の大きさについて、
しみじみしてみよう。

って、そういう感じなんです。

でも僕はそれを読んだときに、

すごい衝撃をうけて。

『そうか!』と。

僕はそれまで岡本太郎という人を
意識もしないでいたし、
いることが当たり前のように感じていた。
その存在が失われたことによって、
こんなに日本の美術界や表現界が
ものすごい喪失感にうちひしがれている!

まずそのことに驚きました。
そしてそこまで影響力のある岡本太郎とは、
一体何だったんだろうかっていうことを、
真剣に考えるようになったわけです。

1967-56歳 バーにて
それで敏子さんの文章や、
そこに書かれている
岡本太郎の思想や歴史とかを、
改めて、一つ一つ自分の中で
咀嚼するようになって。

そうしたら、
岡本太郎への見方が、
180度変わっていったんですね。

岡本太郎っていう人が、
太陽のように燦々と輝いていた存在で
“好きも嫌いもない”っていう状態だったのが、
その瞬間から
明らかに意識的に、
“この存在にどうやって自分はにじり寄ろうか”って
そんな対象に変わるわけです。

つまり、
『どうやって太陽に近づこうか?』みたいな。

どこまで近づいたら大丈夫かな?とか。
どこを過ぎると焼け死ぬかな?
みたいなことをものすごく真面目に考えるわけです。



ついに岡本太郎と真剣に“出会って”しまった岩間さん。
次回は、岩間さんが岡本太郎を吸収していきます。

岩間玄③

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岩間 玄

1966年北海道生まれ。
早稲田大学第一文学部美術史学科卒業。
日本テレビ放送網・事業局 統括プロデューサー。
ドラマ・ドキュメンタリー・バラエティなど20年以上番組制作を指揮し、
2014年より現職。
2014年「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」、
2015年「えのすい×チームラボ ナイトワンダーアクアリウム」など
従来にない新しいタイプの展覧会を企画・プロデュース。
かつて「明日の神話」移送・修復の際、プロジェクトメンバーとして
数々のテレビ番組を制作した。

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