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第3回 岩間玄③

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「明日の神話」プロジェクトメンバーとして、
数々のテレビ番組を制作されたプロデューサーの岩間玄さんに、
岡本太郎への熱い思いを語っていただいています。

〈前回までは〉
岩間玄①「そこから大きなストーリーが始まるんです」
岩間玄②「太郎の死と“本当の出会い”について」

大いなる後悔と“太郎宣言”について。



それからすごく岡本太郎とは何なのかということを
考えるようになって。

それと同時に…
子どもだったからしょうがないっていう言い訳が
僕の中で出来なくなって…
なんで子どもだった頃に、
この岡本太郎っていう存在を
もっときちんと考えることができなかったんだ!

なんで生前の岡本太郎に対して、
『オレはあなたのことが好きなんだ!』
って明確に伝えられなかったんだろう。
もちろん会えるわけもないから、
伝えることなんて不可能なんですけど(笑)…

でも
自分はこの人とともにずっと生きてきたのに、
なんで僕はその存在に甘んじていたんだろう。

なんでもっと『オレは好きだ!』とか、
『いや、しかしここは好きじゃない!』とか、
そんなふうにきちんと考えてこなかったんだろう。

そのことに対してひどく悔やみました。

その反動なのでしょうね。
一気にいろんなものを
取り返さないといけないということで、
図書館や古書街に駆け込んで
彼の著作物を、それこそむさぼるように
読んでいくわけです。

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岡本太郎という存在を、
きちんと自分の中で意識的に明確に位置づける。
そのことを僕は彼の生前してこなかった。
その大いなる後悔と後ろめたさの反動で、
いろんな著作物をむさぼるようにして
彼の言葉を読む。

そうすると、ものすごく面白いわけです。

今でこそ、
キャッチーなフレーズを
抜粋したカジュアルなものとか、
とっつきやすい本はありますけど、
当時はそんなのなかったんです。

かなりストイックな
ゴリッとした、ガツッとした本ばかりで。

そしていくつか読んでいくうちで、
ついに『今日の芸術(知恵の森文庫)』という本と、
運命的に出会ってしまうわけです。

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それに出会ってしまって、
僕の中で完全にスイッチが入ってしまうんです。

これはもうダメだ!と。

どうダメかというと、
今は岡本太郎さんはいないんだから、
自分が岡本太郎的なるものを継ぐしかない!
ってどういうわけだか思ったんです(笑)。

『Be TRAO!』より遙かにまえに、
太郎宣言をしてしまったわけです(笑)。

『芸術はうまくあってはいけない。
綺麗であってはいけない。
心地よくあってはいけない』
みたいなフレーズを聞いて、
もう痺れまくって。

『芸術は決意の問題だ』
そうか!そうだそうだ!みたいな。

それこそほとんどの文章を、
そらで言えるくらい熟読して、
ノートにびっしりと、
書き出したりしていました。

言葉をひとつひとつ
自分の中に取り込んでいったんです。

そしていつも沸々と
たぎっているわけです。
『今日の芸術』が自分の中で。
沸々と、でも静かに。
ずっと。

さらに、
日本の伝統(知恵の森文庫)』も読んで。
また出会ってしまうのです。

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『法隆寺は焼けてけっこう』なんて
面白すぎる言葉に。

でも僕が『法隆寺は焼けてけっこう』で好きなのは
実はそれに続く部分です。
『自分が法隆寺になればよいのです』と。

で、それよりもっと好きなのはさらに続く
『失われたものが大きいなら…
その悔いと空虚を逆の力に作用させて、
それよりももっとすぐれたものを作る。
そう決意すればなんでもない。』
というところなんです。

岡本太郎はもう失われてしまった
そういう失われた現在時点で
こうしたアジテーションに出会うと、
キャッチーであると同時にドキっとして、
やっぱりすごく面白い。

でも“感動”という言葉だと
ちょっと追いつかない。
もしかしたら”焦る”という感覚に
近かったのかもしれないですね。

岡本太郎さんが生きているときに、
もし読んでいたら、
きっと会いにいっていた。
それくらい生々しく魅力的な言葉だ。

でも亡くなっているから
岡本太郎の生の声はもう聞けない。
もういなんだ。
もう話は聞けないんだ。
そういう強烈な喪失感を感じました。

それこそ太郎さんの言葉でいえば
“失ってしまったことによって得てしまった
悔いと空虚”です。

それが自分の中で渦巻いているから…
だからこそ彼の言葉を、
“焦る”ように身体に入れていく。
そんな時期が数年間ありました。

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かといって
僕と同年代の人間で、
岡本太郎について話をする人はいなかったです。

で、僕より上の世代だと、
岡本太郎をもうちょっと違う目で見ていたし…
どっちかっていうと
イロモノ扱い的な、
そういうポジションで語る人の方が多かった。

僕よりも若い人たちは存在すらよく知らない。

《太陽の塔》は知っているけど、
岡本太郎っていわれると、よく知らない。

全然ピンとこない。

だからぼくは長いこと、
隠れキリシタンならぬ
“隠れ太郎”だったんです。
ずっと。
歴史の闇に身を潜める“隠れ太郎”。

上の世代の人に『どんな芸術家好き?』と聞かれても、
たぶん通じないだろうなと
諦めにも似た考えがあって正直に言わない。

同世代にも共感する人がいなかったから、
話はしない。

ただただひたすら
孤独に岡本太郎の言葉を、
自分の身体に入れて、
ものを見るときの
ひとつの物差しにしていたんです。



次回は“隠れ太郎”が隠れていられなくなる日をお送りします。

岩間玄④

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岩間 玄
1966年北海道生まれ。
早稲田大学第一文学部美術史学科卒業。
日本テレビ放送網・事業局 統括プロデューサー。
ドラマ・ドキュメンタリー・バラエティなど20年以上番組制作を指揮し、
2014年より現職。
2014年「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」、
2015年「えのすい×チームラボ ナイトワンダーアクアリウム」など
従来にない新しいタイプの展覧会を企画・プロデュース。
かつて「明日の神話」移送・修復の際、プロジェクトメンバーとして
数々のテレビ番組を制作した。

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