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舘鼻則孝対談②「未来に向けた日本文化の延長線」

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〝ヒールレスシューズ〟が、レディー・ガガを虜にし、
一躍世界のアートシーンに躍り出た、
デザイナー/アーティストの舘鼻則孝さんの対談、第2回目をお送りします。

今回は舘鼻さんが「工芸」を選んだのか? そのロジカルな発想は必読です!

〈前回までは〉
①手を動かしてなにかを生み出すことにすごく興味がありました。

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自分にしかできないことは何なのか? 自分の武器になるものは何か?

平野:芸大に入って、専攻科目として選んだのは、たしか「染織」でしたよね?

舘鼻:そうです。2年の終わりに。

平野:受験のときに選んだ学科はどこだったんです?

舘鼻:工芸です。

平野:なぜ工芸に?

舘鼻:予備校で美術を学びはじめると、いろんなことを知るわけですよね。
なにしろ、それまで美術の世界には画家と彫刻家のふたつしかないと思っていましたから。

平野:そうでしょうね。

舘鼻:いろんなレクチャーを受けました。プロダクトデザインもあれば建築もあるし、
グラフィックデザインもファッションデザインもあって。
もちろん絵画も彫刻もある。
先ほど言ったように、そのころはコミュニケーションが苦手だったこともあって、
そういうものを通して人とつながれるような、喜んでもらえるような仕事がしたい、
それができれば自分の存在価値が見つかるかもしれないと思ったんです。

平野:なるほど。

舘鼻:自分の存在する理由がそこに見出せればきっと続けていけると思って。
ただ単純にそれがカッコイイとか、
たとえば「グラフィックデザインってかっこいいから、やってみたい」とか、
そういうことよりも、人とつながりたかったんですよね。
そういう意味で、ファッションデザインっていうのは、人を飾る仕事じゃないですか。
そこに自分の存在を刻むことができる。それが嬉しかったんです。

平野:舘鼻さんにとって、デザインはコミュニケーションだものね。

舘鼻:小さいころだったら、たとえば人形をつくって母にあげる、妹にあげる。
そういうコミュニケーションが自分の中で…、

平野:得意だった?

舘鼻:得意だったというより、それしかできなかった。

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平野:高校時代にすでに洋服 とか、靴をつくっていたわけじゃないですか?

舘鼻:はい。

平野:当時から、ファッションには特別の興味があったわけでしょう?

舘鼻:そうですね。

平野:普通に考えたら、
「じゃあ、服飾の専門学校に行ってファッションデザイナーになろう」
って考えそうなものじゃない?
でもそうせずに芸大を目指し、しかも選んだのは工芸だった。
そこのところの思考プロセスがよくわかんないんだよなぁ(笑)。

舘鼻:ファッションデザイナーになりたいと思ったときに、どうせやるんだったら、
その世界でリスペクトされるような、その世界で影響力を行使できるような、
そんなファッションデザイナーになりたいと思ったんです。
コムデギャルソン川久保玲さんみたいに。
そういうデザイナーになるにはどうしたらいいかってことを考えたときに…、

平野:うん。

舘鼻:当時ぼくがつくりたかったのは洋服だったわけですけど、
洋服って海外のヨーロッパ製のもので、それが日本に入ってきてぼくらが着ている。
じゃあ本場に行って勉強するのがいちばん早いんじゃないかと思って。
それなら留学しようと最初は思ったんです。

平野:普通そう考えるよね。「最初は」っていつ頃の話?

舘鼻:高校一年生のときです。海外への憧れもありますからね。
行ったことなかったですから、海外に。

平野:それが普通だよね。

舘鼻:それこそ服飾専門学校を出て、パリに行くとか。
でもそのとき自分がいたのは美大受験の予備校だった。

平野:そうだよね。

舘鼻:で、考えたんです。
向こうに行って学ぶのはヨーロッパ式のファッションデザインで、
まわりはみんな現地の外国人。
そういうなかで勝てるのか? って思ったんですよ。

平野:なにせ彼らには本場の血が流れてるわけだからね。

舘鼻:そう。だって向こうは本場で、しかも自分の国の文化を勉強しているだけでしょ?
だけどぼくは異国の地から、〝ファーイースト〟から行くわけじゃないですか。

平野:こたつと縁側の国からね(笑)。

舘鼻:いや、ほんとにそう思ったんですよ。

平野:うん。

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舘鼻:じゃあ、自分にしかできないことは何なのか?
自分の武器になるものは何か? って考えたときに、
「日本にもファッションはあるじゃないか」って気がついたんです。
それが着物だった。和装ですね。

平野:なるほど。

舘鼻:ではいったい、和装の技術や文化背景、風俗を専門的に学べるところはどこか。
それが東京芸大の工芸科の中の染織攻だった。で、そこに行くことにしたんです。

平野:発想が驚くほどロジカルなんだよな。
思いつきでパンパンと動いていそうに見えながら、じつにロジカル。
しかも高校生のくせに
「これから自分が世界を狙っていくときに、武器になりうるものはなにか?」
なんて考えていたわけでしょ?

舘鼻:まあ、そうです。

平野:そんなヤツ、まずいないって。
「オレ、パリに行きたい」ってバックパック背負ってパリを歩き回るのがせいぜいですよ。
世間もそれを奨励してるしね。
「世界に飛び出せ!世界に飛び込め!」って。

舘鼻:そうですよね(笑)。

平野:でも舘鼻さんはあえて逆を行った。
常識を疑い、逆こそが正しいと冷静に判断した。そこがすごいと思いますね。
さらにすごいのは、その高校時代から、まだ12、3年しか経っていないってところ。

舘鼻:ぼく もやっと30歳になったんですよ。

平野:おお(笑)。

舘鼻:だから15年ですね、ちょうど15歳のときだったから。



次回は15歳で動きだす舘鼻さん!驚くべき行動にでます。

舘鼻則孝対談③

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舘鼻則孝

1985年、東京に生まれ。
15歳の時より靴や洋服の制作を独学で始める。
その後、東京藝術大学にて染織を専攻し友禅染を用いた着物や下駄の制作。
2010年自身のファッションブランド「NORITAKA TATEHANA」を設立。
全ての工程が手仕事により完成される靴は、
ファッションの世界にとどまらずアートの世界でも注目されている。

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