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第3回 岩間玄⑤

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「明日の神話」プロジェクトメンバーとして、
数々のテレビ番組を制作されたプロデューサーの岩間玄さんに、
岡本太郎への熱い思いを語っていただいています。

〈前回までは〉
岩間玄①「そこから大きなストーリーが始まるんです」
岩間玄②「太郎の死と“本当の出会い”について」
岩間玄③「大いなる後悔と“太郎宣言”について」
岩間玄④「“隠れ太郎”が隠れられなくなった日について」

いよいよ「明日の神話」プロジェクトがスタートします!

「明日の神話」プロジェクトがスタートした日



時を同じくして、
土屋が「第2日本テレビ」っていうのを
立ち上げるんですね。

当時インターネット配信が出てきて、
我々も日本テレビのコンテンツを中心に
いろんなものを配信していこうと。

本当に手探りで立ち上がったものなんですけど、
何を配信するのかってことになって、

『それなら岡本太郎を配信しよう!』と。

すぐに平野さんにお会いして。

そうそう平野さんとの初対面のときなんですけど、
なんだかもう30年くらい前から知ってる!
そんな感じですぐ意気投合して。

初対面でいきなりハグと固い握手!
そして本題!みたいな。

平野さんからも、
『やりましょう!やりましょう!』って
言っていただいて、

それで「第2日本テレビ」を中心にして、
『《明日の神話》の再生プロジェクト』。
これを動かしていこうということになるんです。

僕は“隠れ太郎”から
隠れなくてよくなった喜びが
あまりにも大きくて。
第2日テレで
何を作って流そうか、熱中して考えましたね。

だって僕の中には、
岡本太郎の思想や哲学も熱も
基本的に入っているので、
今から何かを勉強したりとか、
慌てて本を読んだりする必要はまったくない。

どっちかっていうと、
『なんだったらオレ、岡本太郎だから』
くらいになってる(笑)。
『分からないことはなんでもオレに聞いてくれよ!』
って感じですから。

土屋も驚いてましたからね。

『なんだオマエ、そんなに詳しかったのか?
好きだったのか!』って。

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とにかく基本的な太郎のことは入っているから、
そこでどんなコンテンツを作ろうかなって
考えたんです。

どういう風にして
第2日テレで岡本太郎をやっていくか。

1つには、《明日の神話》がメキシコにあって、
今こういう状態で、
ここまで修復のために準備が進んでます
っていうことを、
きっちりテレビのドキュメンタリーとして
取材をして逐一それを映像報告していく。

当時は糸井重里さんの『ほぼ日』と
協力連動していたので、
『ほぼ日』がテキストベース、
第2日テレが映像ベースで。
その両方で最新の状況を伝えていって
とにかく応援の風を吹かそうと。

もう1つ、思いついたのは…
テレビ局なんだから
岡本太郎の動く映像が、
きっとどこかに
いっぱい秘蔵されているに違いないと。

70年代に僕が見ていたバラエティで、
変なことを言って、変な顔をする
“岡本太郎=変なおじさん”。
日本テレビのライブラリーには、
そういったものがたくさんあるに違いない。

どうしてそんなことを
今まで思いつかなかったんだろう!
っていうくらい、はたとそのことに思い当たって
ライブラリーに行くわけです。

それで『岡本太郎』って検索してみると、
これが驚くほどいっぱい出てくる。

それを夜中に一人で見てると、
めちゃくちゃ面白いんです。

こりゃすごいお宝にたどりついたぞ!
というような感覚です。

95年に太郎さんが亡くなって、
むさぼるように読んだ様々な名著の様々な名発言が、
身振り手振りのアクションつきで、
動く映像としてライブラリーにあったんですから。

活字として読んで、血をたぎらせていたあの発言が、
ここにあるぞっていうのを見たときに、
ものすごく目から鱗で。
『今こそ、これを世の中の人に見せてあげなきゃ!』って。

それと同時に、
『太郎をこのライブラリーから
解放してあげなきゃ!』
とも思って。
『太郎さん、ライブラリーで
休んでる場合じゃないですよ!』
『太郎さん、こんなところで
ほこりかぶってる場合じゃないですよ!』

『今こそ世の中に出ていってくれ!』

本当にそう思って。
一本一本、テープのほこりを払って、
編集して、世の中に送りだしたんです。

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ネットで配信するから、
1分くらいのコンテンツに細分化しました。
で、太郎さんの顔をアイコンにして

そこに導火線をくっつけて。
その導火線をクリックすると、
火がついて太郎さんが爆発して、
映像が見られるようにしました。

そこにポップなテロップをつけて、
コンパクトでスタイリッシュで見やすい形にして。

『太郎爆弾』って名づけて、
何十個と増殖させていったんです。

 

まるで、
岡本太郎が上野の博物館で
縄文土器を発見したのと同じようなテンションで、
僕は日本テレビのライブラリーで

岡本太郎を発見したんです(笑)。

これを拡散するのがオレの使命なんだ!
って本気で思いましたね。

この2つともう1つ、
3つめの大きい柱が
『Be TARO!』っていうプログラムでした。

この『Be TARO!』っていうのは、
糸井重里さんからお借りした言葉なんですけど。

もともと僕は、
『100人の岡本太郎』っていうのをやりたいって、
平野さんとお話しさせていただいて。

《明日の神話》が日本にやってきたら、
カーッとクリエイティブに
発熱する人がたくさんいるだろう、と。
だからその発熱した人たちにも、
いっそ「岡本太郎」になってもらいたい。

自分だけの太郎になって
自分だけの太郎を語ってほしい。
そして自分が太郎だったら
こんなことをやらなきゃっていうのを、
みんなに宣言してもらう。
そんな風にそれぞれの「岡本太郎」を、
これがオレ流の太郎、これはワタシ流の太郎!として
具現化するプロジェクトをやりたい。
そう思ったんです。

それで美術界はもちろんこと、
スポーツ界から文学界から建築界から、
もうありとあらゆる世界に声をかけました。

太郎さんとゆかりがあった人だけじゃなく、
太郎さんのことを直接知らないんだけど、
きっとこの人が岡本太郎のことを知ったら、
かなり発熱するに違いないって人にも。

そんな人たちをランダムにピックアップして、
手当たり次第に連絡していったんです。

これが面白いように、
みなさん『それやりましょう!』って、
手を挙げてくれたんです。

今から思えば信じられないような顔ぶれで。
石原慎太郎元都知事とか。
小説家の重松清さんとか。
ミュージシャンだと
宇崎竜童さんとか田島貴男さんとか、
倖田來未さんとかスカパラさんとか、
遠藤賢司さんとか。

アート界ではMAYA MAXXさんとか、
ヤノベケンジさんとか。
写真家のアラーキーさんとか
CGアートの河口洋一郎さんとか。

女優さんだと栗山千明さんとか
宮沢りえさんとか。

とにかくみんなこぞって集まってくれて。

今では貴重な映像記録だったなって思うのは、
お亡くなりになられた建築家の黒川紀章さんとか、
映画監督の新藤兼人さんとか。

ああいう人たちのところにも、
声をかけて
行っておいてよかったなと。

実際みんな『Be TARO!宣言』をして、
それを次々と形にしていくっていうのが面白くて。

書道家の柿沼康二さんなんかは、
『これは対決だ。オレは太郎なんてリスペクトしない。
そのくらいの思いで立ち向かっていかないと、
きっと太郎にも馬鹿にされるに違いないから。
オレがやってみたいのは、
岡本太郎の顔写真を部屋一面に巨大にプリントして、
その上に巨大な筆で、
太郎の顔にでっかい文字を書いてみたい』

っていう宣言をして、
実際に実行に移すんです。
そういうことがたくさんあって。



次回はあの石原慎太郎氏と太郎のエピソードをお届けします。

岩間玄⑥

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岩間 玄

1966年北海道生まれ。
早稲田大学第一文学部美術史学科卒業。
日本テレビ放送網・事業局 統括プロデューサー。
ドラマ・ドキュメンタリー・バラエティなど20年以上番組制作を指揮し、
2014年より現職。
2014年「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」、
2015年「えのすい×チームラボ ナイトワンダーアクアリウム」など
従来にない新しいタイプの展覧会を企画・プロデュース。
かつて「明日の神話」移送・修復の際、プロジェクトメンバーとして
数々のテレビ番組を制作した。

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