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第3回 岩間玄⑥

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「明日の神話」プロジェクトメンバーとして、
数々のテレビ番組を制作されたプロデューサーの岩間玄さんに、
岡本太郎への熱い思いを語っていただいています。

〈前回までは〉
岩間玄①「そこから大きなストーリーが始まるんです」
岩間玄②「太郎の死と“本当の出会い”について」
岩間玄③「大いなる後悔と“太郎宣言”について」
岩間玄④「“隠れ太郎”が隠れられなくなった日について」
岩間玄⑤「《明日の神話》プロジェクトがスタートした日」

今回は『Be TARO!』での石原慎太郎氏と太郎のエピソードから。

石原慎太郎氏と太郎のエピソード



石原慎太郎元都知事なんかは、
すごく目を細めて。

当時は、
政治家としていちばん怖かったときですよ。

そんなあの強面の石原慎太郎が、
まるで初恋の人を語るかのように、
ものすごく優しい口調で、
岡本太郎さんのことを語るんですね。

まずそのことに感動して。

『自分は高校生だったときに、
あるデパートのピカソ展にいって、
岡本太郎さんが解説をしていた。

オレは鼻っ柱が強かったから、
「いや、太郎さんそれは違うんじゃないか!」って、
噛みつたら、
太郎さんは一介の高校生相手に、
「なんだきみは!違うんだよ!」
って論争を挑んでくる。
目を三角にしながら、挑んでくれた。
ぼくはそのときに芸術家が面と向かって、
ちゃんと答えてくれるっていうことに、
ものすごく感動したんだ』

って言いながら泣きそうになられて。
それを聞きながらこっちも泣きそうになって。

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もう一つ語ってくれたのが、
晩年に太郎さんがご病気になられたときに、
あるパーティ会場で会ったと。

敏子さんが太郎さんの車イスを押してて。
石原さんはこう声をかけたそうです。

『太郎さん。
相変わらず気がふれた少年みたいでかわいいね。
魅力的だよ、とっても輝いているよ』

っていうふうに言ったそうなんです。
そうしたら太郎さんが、

『何だその“気がふれた”っていうのは?』
って言うから、
『頭がおかしいってことだよ』って
教えたんだそうです。

そうしたら太郎さんが、
『なんだそれ、オマエも同じじゃないか!』って。

「あの岡本太郎がそう言ったんだよ」って
言って、ものすごく嬉しそうに笑ったんです。

それを聞いて、
あぁ、あんなに怖い石原慎太郎元都知事も、
こんな顔になるんだなって、
そのことに強く胸を打たれたりして。

『Be TARO!宣言』をしてくださいってお願いしたら、

『オレはもともと慎太郎だから太郎なんだよ!
(ちょっと怒)。
ま、どうしてもやれっていうなら、やるけど』

って言って、

『オレはもう今さら人に嫌われても憎まれてもいい。
だけど自分が死んでしまったあとに、
死んでもなお生き続ける芸術家として死にたい。
政治家としてではなくて、
岡本太郎のように
死んだあとも生き続ける芸術家として、
最後に死にたいと思っているんだ』

って映画のセリフのように言い残して
さっそうと撮影現場を去っていったんです。

その数日後に、
『石原慎太郎都知事、
東京都議会でオリンピック招致を決定』
というニュースが出ました。

そうか。
彼は本当は
このことを言いたかったんだけど
さすがに議会で決定する前に
我々に言うわけにはいかなかったんだな、と。

でも彼はきっと、
数日後にそういうことが出るぞっていうことを、
我々に暗にほのめかしてくれていたんだな
っていうのを、
僕は理解して感動しました。

そういうことのオンパレードで。

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誰もがみんな、
岡本太郎を語るときには、
恋する乙女のように語ってくれて。

でも思い出だけではなく、
じゃあどうするんだっていわれたときに、
だからオレはこれからこうするんだ!って、
みんなものすごいファイティングポーズをして語る。

切なくてほろ苦い甘さの後に、
ピリっとした辛さを繰り出す。

それがこの『Be TARO!』プロジェクトの、
面白いところでした。

これら3つの柱
つまり
『修復移送ドキュメント』と、
『太郎爆弾』と、
『Be TARO!』
この三つ巴の動きが、
どんどん増幅していって拡大していって、
熱を帯びていって、

ついに、
2006年の7月7日
(※『明日の神話』汐留での除幕式当日)を
迎えることになったんです。

僕にとっては、
一つの到達点として、
この日を迎えたわけで感無量でした。

でもゴールって感じはしなかった。

一つの通過点であり、
一つのスタートだなと思ったんです。

ただ大きな節目であることには違いなくて。

だからどういうふうに、
7月7日の除幕の瞬間を迎えるのか、

自分の心がどうザワつくのかっていうのは
楽しみでした。

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除幕式は、
なるべく気が狂ったようなお祭りをつくろう。
そのほうがきっと太郎さんも、
面白がってくれるだろうと思いました。

美術館で除幕するんじゃなくて、
オープンなスペースで除幕するんだから、
祭りにしないと嘘だろうと思って。

そして、
カウントダウンで幕が落ちるんですけど、

それまでの、
『ワーーー』っと盛り上がってたお祭りが、
幕が落ちた瞬間、
ものすごく透明な静寂に包まれました。

唾を飲み込む音さえ、
たてちゃいけないんじゃないかっていうくらい、

息を飲むとはまさにこのことだなって
思うくらいの静寂が、
まわりを支配していました。

その数十秒後に雄叫びのような喝采があがって。

これが除幕の瞬間で、
すべての僕らのやってきたことの
到達の瞬間でした。

涙が出るような、
そういう分かりやすい感動ではなくて、

もっとこう、
『見たか太郎!』くらいの感じで。

『どうだ!』みたいな感じですよね。
『どうだ太郎!驚いたか!』っていう、
そんな気持ちのほうが強かったように思います。

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それでその翌年に、
東京都現代美術館で特別展示をして、
さらにその翌年の2008年に、
渋谷に恒久展示されることになりました。

そのときまた感無量だったのは…
太郎さんが《明日の神話》の制作に着手したのが
1968年だったので、
不思議だなって思って。

制作した68年から、
ぴったり40年。

その40年後に、
渋谷で彼の思いがこうして結実した。
ストーリーがずっと続いていたんですね。

それでまた僕としては、
いろいろ考えるきっかけにもなったんです。



次回は「最初から決まっていたことなのではないか?」についてお届けします。

岩間玄⑦

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岩間 玄
1966年北海道生まれ。
早稲田大学第一文学部美術史学科卒業。
日本テレビ放送網・事業局 統括プロデューサー。
ドラマ・ドキュメンタリー・バラエティなど20年以上番組制作を指揮し、
2014年より現職。
2014年「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」、
2015年「えのすい×チームラボ ナイトワンダーアクアリウム」など
従来にない新しいタイプの展覧会を企画・プロデュース。
かつて「明日の神話」移送・修復の際、プロジェクトメンバーとして
数々のテレビ番組を制作した。

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