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第3回 岩間玄⑦

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「明日の神話」プロジェクトメンバーとして、
数々のテレビ番組を制作されたプロデューサーの岩間玄さんに、
岡本太郎への熱い思いを語っていただいています。

〈前回までは〉
岩間玄①「そこから大きなストーリーが始まるんです」
岩間玄②「太郎の死と“本当の出会い”について」
岩間玄③「大いなる後悔と“太郎宣言”について」
岩間玄④「“隠れ太郎”が隠れられなくなった日について」
岩間玄⑤「《明日の神話》プロジェクトがスタートした日」
岩間玄⑥「石原慎太郎氏と太郎のエピソード」

今回は「明日の神話」のあと、岩間さんが考えたことについてお聞きしました。

僕が考えたことについて



ずっと無我夢中でやってきて、
土屋も僕も必死だったし、
平野さんも必死だったし、

でも強烈に面白かったし、
とてつもなく楽しかったたし、
ちっとも大変だとも何とも思わなかった。

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いろんな世代のいろんな立場の、
いろんな考えの持ち主が集まって、
すごい発熱をして…

ものすごい熱狂を巻き起こして、
日本に本当に修復した壁画を持ってきて、
そしてみんなに見てもらって…
その熱狂のど真ん中にいて…

これは何なんだろうか?
何を意味しているんだろう?
って考えたときに
こう思ったんです。

これはもしかすると、
最初から決まっていたことなのではないか?…と。

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どういうことかというと…

68年に岡本太郎という人が、
《明日の神話》に着手をした。
《太陽の塔》を作る一方で、
メキシコに何度も渡って壁画を描いた。

でも不幸なことに、
ホテルも完成しなかったし、
作品はもちろん飾られることもなく
やがて行方不明になった。何十年も。

でもそれが逆に、
万が一ホテルも完成していて、
壁画も完成していて、
そこに飾られていたとしたらどうだったんだろう?
そう考えるようになりました。

半世紀もたって、きっと今そのホテルはないだろうな。

そうすると、
あの東京都庁の庁舎にあった
岡本太郎の壁画でさえ、
破壊されたわけですから、
メキシコのホテルの壁画なんて言わずもがなです。

海の向こう側で、
日本人アーティストが作った壁画なんて、
いくら巨大なものであろうが、
いくら意味のあるものであろうが、
メキシコシティのホテルが閉業して、閉店して、
それを取り壊すってことになったら、
間違いなく壁画も壊されていただろう。

そう思うと
ホテルが営業までたどり着けなかったことも、
壁画がそこに飾られなかったことも、
それから絵が行方不明になってしまったことも
これはすべて、
あらかじめ神様が決めていたことなんじゃないか。
そう思ったんです。

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そう考えると、
すべて合点がいくんです。

つまり、
行方不明になっちゃったのは、
神様の意地悪なんかではなくて、
芸術の神の“粋なはからい”だったんじゃないか、
そう考え直すようになったんです。

倉庫というより
屋根しかないようなワケの分からないところで、
ずっと何十年も放置されていたことも、
それを敏子さんが2003年に発見するのも…

それから移送の手続きも全部終わったその日に、
敏子さんがお亡くなりになるのも…

この絵をなんとか日本に持ってこなきゃって、
平野さん中心にいろんな応援団が結成されて、
いろんな人たちが応援の風を吹かせたのも…
すべて芸術の神様がはかったんじゃないかなと。

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そうでも考えないと、
あんなに奇跡的なこと、
そうは起きないと思うんです。

何ひとつ偶然はなくて、
すべてなるべくしてなっている。

出会うべくして出会う人が
出会うべきタイミングで出会っているし、
熱狂しなきゃいけないときに
熱狂すべき人が熱狂しているんじゃないか。

プロジェクトなんてものよりも、
もっと大きな物語(ストーリー)の中で、
岡本太郎っていう物語の中で、
集うべき人々が
出会うタイミングで出会って
新しい物語を動かしたのではないか。

最近、そんな風に思っているんです。

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そう思うと、
岡本太郎っていう物語は
常に動いているんですよね。

全然ゴールがない。
完結しない。

きっと半永久的に完結しないんだろうと思います。

きっと僕が死んでも、
平野さんが死んでも、
土屋が死んでも。
今いる人たちがこの世からみんないなくなっても、
岡本太郎という物語は
ずっと動き続けているだろうと。

それが本当に終わるときは、
人類が終わるときなのかもしれない。

必ず誰かがこの物語をずっと動かし続けるだろう。
そう感じています。

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それと最近、もうひとつ思うことがあって。
これは大きな結論めいた話で恐縮なんですが、
岡本太郎という存在は、
基本的にずっと更新され続けなければいけない。
そう強く思っているんです。

岡本太郎という物語を完結させてはいけない。
完結させることは、岡本太郎を神格化することだ。

岡本太郎を神格化して、
神棚に祀り上げてはいけない。

岡本太郎っていうのは、
基本的に毎日、毎分、毎秒、
そして現在生きている人間の数だけ、
どんどん更新されていかなければいけないんです。

更新されていけばいくほど、
岡本太郎っていう存在は輝いていく。

もしかしたら“オリジナル太郎”とは、
似ても似つかないものになっていくかもしれない。

でも“オリジナル太郎”と
かけ離れればかけ離れてるほど、
きっとそれが“岡本太郎的”なことなんだ。

そんなことを最近、すごく思っていて。

天国の太郎さんは
更新され続けてないと不満だろうし、
『あなたのなかで更新されていく太郎、
それもまたオレなんだよ』
きっとそう言うだろうなって、
なんか妙に確信していて。

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『そんなのは太郎じゃない!』なんてことはなくて、
『それも太郎だ』
『これも太郎』
『あれも太郎』
『みんな太郎』
いいじゃん、それで。

どれだけ物語を更新して拡散できるか。

それが太郎の面白いところだし、
我々がいかに太郎と向き合うか、
それが正念場だと思っています。


次回は最終回。
岩間さんの思う「PLAY TARO」についてお聞きします。

岩間玄⑧

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岩間 玄
1966年北海道生まれ。
早稲田大学第一文学部美術史学科卒業。
日本テレビ放送網・事業局 統括プロデューサー。
ドラマ・ドキュメンタリー・バラエティなど20年以上番組制作を指揮し、
2014年より現職。
2014年「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」、
2015年「えのすい×チームラボ ナイトワンダーアクアリウム」など
従来にない新しいタイプの展覧会を企画・プロデュース。
かつて「明日の神話」移送・修復の際、プロジェクトメンバーとして
数々のテレビ番組を制作した。

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