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Noritaka Tatehana talk ⑤ " Extension line of the Japanese culture for the future "

舘鼻則孝対談⑤「未来に向けた日本文化の延長線」

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〝ヒールレスシューズ〟が、レディー・ガガを虜にし、
一躍世界のアートシーンに躍り出た、
デザイナー/アーティストの舘鼻則孝さんの対談、最終回をお送りします。

舘鼻さんと太郎の思考、その戦略について。
ぜひお読みください!

〈前回までは〉
①手を動かしてなにかを生み出すことにすごく興味がありました。
②自分ににしかできないことは何なのか?自分の武器になるものは何か?
③自分で学んだことじゃないと身につかない
④日本発ものを海外に打ち出したかったんです。


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「ここまでやったから、ぜったい成功するだろう」っていう。

平野:「海外で戦うために〝新しい日本〟をつくる」という発想は、
太郎の思考に近いかもしれない。
《太陽の塔》を説明するとき、太郎が繰り返し言ったのは、
「日本にはふたつの価値観しかない。
西洋のモダニズムと、その裏返しとしてのワビサビだ」ということ。
西洋への憧れからモダニズムを必死に取り入れるわけだけど、
それだけだと文化的な属国になってしまうので、
一方でそれに対抗し得る独自の美意識を準備する必要があった。
それがワビサビだと。
西欧の美意識の真逆だから、対立軸としてうってつけだったんだって。

舘鼻:ええ。よくわかります。

平野:ふたつはコインの裏表のようなもので、
けっきょくはともにコンプレックスの産物にすぎないと。
こんなこと、恐ろしくて普通は言えないよね(笑)。
で、《太陽の塔》はそのふたつをともにケトバシているんだって言うわけ。
いま生きている者の責任で、
「五重塔ではない日本。ニューヨーク、パリの影でない日本」を
つきつけなければならないんだって。

舘鼻:いや、ほんとうにそうですね。

平野:舘鼻さんの作品を見ていると、
「五重塔でも、ニューヨーク・パリでもない日本」をつくりたいっていう
情熱が伝わってくる。
ただ、舘鼻さんと太郎が決定的に違うところがひとつあって、
それは太郎はパリに行ったけど、
舘鼻さんはあえて行かなかったというところです。

舘鼻:はい。

平野:太郎がパリに行ったのは、
世界で活躍できるアーティストになりたかったからでしょう?
当時のパリは世界の最先端でしたからね。
一方、世界で活躍する一級の表現者になりたいってところまでは
舘鼻さんも一緒。
だけどそこから先は正反対で、「だからオレは日本に残る」と決めてとどまった。
先ほどの話でわかったけど、世界で勝負するためには
自分だけの武器が要る、日本人の自分にとって武器になり得るのは
まさに「和」の技術や文化的背景なのだ、と考えたわけですよね?

舘鼻:そうです。

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平野:それはまさしく「戦略」であり、
その戦略は明快な「ヴィジョン」からもたらされている。
そこがすごく大事なポイントだと思うんですよ。
創造的な仕事をしたいと思っている日本の若者たちが、
これからどう動けばいいだろうって考えるときの、
ものすごく大きなヒントになる、っていう意味でね。

舘鼻:話を聞いていて、やっぱり時代の違いを考えちゃいました。
太郎さんの時代はまだ日本らしい日本が残っていたと思うんです。
和服を着ている人もたくさんいただろうし、
海外に行くのはいまと違ってものすごくたいへんなことだった。
それこそぼくは留学することもできたし、海外に行くのだって…、

平野:簡単だもんね。

舘鼻:いつでも行けるわけで。
でも海外に行ったら、その瞬間から勝負じゃないですか。
だからその前に勝てる試合にしておきたかったんです。
しっかり準備をして。
ぼくは目標から逆算して、いまなにをやっておくべきかっていうのを
つねに考えているので、そういう意味ではなにもかも準備だったわけですね。
それであるときに一気に放出したというか。

平野:発想がじつにロジカルで、戦略的。
将来に向けていま自分がなにをすべきかを考えている。

舘鼻:それはある意味、自信がないからで…(笑)。

平野:え?(笑)

舘鼻:自信があるようでなかったというか、
「これやりたい! やるぜ!」っていう欲望ももちろんあるんですけど、
それとは裏腹に「そんなに欲望に任せて好きなことやってていいのか?」
っていうのもあって。

平野:ああ、わかる。

舘鼻:すべてにおいて「やりたいこと」じゃなくて
「やるべきこと」で動かされてる、っていう形にしたかったのかもしれません。

平野:見方を変えれば、それは自分を追い込んでるっていうことでもあるよね。

舘鼻:そうですね。
「ここまでやったから、ぜったい成功するだろう」っていう。
もちろん、ドキドキはしてるんですけど(笑)。

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平野:舘鼻さんのようにとんがったものをつくる人って、
ひらめきや気分で、後先考えずにワーッって走っていると思われがちだけど…、

舘鼻:ぼくはすごく狙ってますよ。

平野:うん。いや、じつはみんなそうだと思うんですよ。
外に向けては「ひらめきでやっている」みたいなフリをしてるけど、
じっさいは考え抜いている。
「朝起きたらさ、降りてきたんだよ」みたいな話、ほとんど嘘だからね(笑)。

舘鼻:そうですよね。

平野:舘鼻さんのやり方や考え方が、たぶん王道なんですよ。
世の中にまだないものをつくろうとするときの。

舘鼻:ぼくはそう信じてやってます。

平野:舘鼻さんのすごいのは、
卒業制作を世界のマーケットに売り込んだところ。
普通じゃ考えられないですよ。だって、たかが卒業制作じゃない?
そんなものに商品価値なんてないでしょ? 普通はね。
ちょっと誇大妄想が入ってる感じがするくらい(笑)。

舘鼻:はい(笑)。

平野:その自信はどこから来るんだろう?
さっきの「ぼく、自信ないんですよ」の真逆じゃない、やってることが。
そこが不思議っていうか…。

舘鼻:やっぱりそれなりの準備はしているんで…、

平野:ああ、やっぱり自信があったんだね、出来たものに。

舘鼻:作品が出来たときには自信ありましたね。
「これはぜったい成功できる」って思ってた。

平野:でも、大学の先生にはボロクソだったんでしょ?(笑)

舘鼻:そう。ボロクソでした(笑)。
でも大学3年生のころから、世界に発信する準備をしていたんです。
それが必要だと思ってたから、ウェブサイトのつくり方を勉強したり。
インターネットで世界と繋がるのがすでに身近なことだったので、
それを利用したいと思って。
ブランディングとして自分の見え方をコントロールできるように、
つまり自分を売り込むために、いろいろ勉強してたんです。
それこそグラフィックデザインとか、自分の専門外のことを含めて。
最後に出来たのが作品(ヒールレスシューズとドレス)で、
それ以外はもう準備出来ていたんです。

平野:いま〝売り込む〟っていう言葉があったけど、
それこそ、アーティストはみんな「ぼくはそんなことには興味ありません」
みたいな顔をしてるわけじゃない?
「金のためにやってるわけじゃないし、名前を売るためでもない。
私は新しい表現を追求したいだけなんだ!」みたいな。

舘鼻:そうかもしれませんね(笑)。

平野:世間もそれが純粋な芸術家であり、
芸術家のあるべき姿だと考えている。でも違うと思うんですよ。

舘鼻:うん。

平野:もちろんそういう人がいてもいい。
それは否定しないけど、自分の表現世界をきちんと社会に届けたいなら、
やっぱり売り込むほかないわけですよね。
現に、アーティストはほとんどみんな必死で売り込んでいる。
若い人には、ぜひ舘鼻さんの姿勢を学んで欲しいと思います。

舘鼻:そうですね。ぼくはもともとファッションから入ってるんで。
ファッションって用途があるものなので、
だれかに使ってもらわなければ、なんの意味もない。
それにぼくがつくるのはだれかに喜んでもらいたいからだし、
仕事をしているのは人と繋がれるから。
作品が売れて自分の手から離れることにまったく抵抗はありません。
そこが違ったのかもしれないですね。

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平野:今日の舘鼻さんの話は、趣味じゃなく、
社会とのかかわりの中で自分の表現を考えようとしている若い人たちにとって、
ものすごく示唆的で、学ぶことの多い話だったと思います。
舘鼻さんはまさしく〝生きた標本〟です。
今日はほんとうにありがとうございました。

舘鼻:こちらこそありがとうございました。



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舘鼻則孝

1985年、東京に生まれ。
15歳の時より靴や洋服の制作を独学で始める。
その後、東京藝術大学にて染織を専攻し友禅染を用いた着物や下駄の制作。
2010年自身のファッションブランド「NORITAKA TATEHANA」を設立。
全ての工程が手仕事により完成される靴は、
ファッションの世界にとどまらずアートの世界でも注目されている。


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