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Toshiko's Essay ⑨ Kanoko, Ippei "lived wildly……"

敏子のエッセイ⑨かの子・一平「奔放に生きた……」

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新年一回目の「満月日記」は、
岡本太郎の母、かの子について。
岡本かの子という女性の、
激しく純粋で、ひたむきなその生き方とは?

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9月29日から鎌倉文学館で
「晶子とかの子」展が始まった。

偶然重なったのだが、同じ29日から
新宿の紀伊国屋サザンシアターで
「かの子かんのん」という劇団民芸のお芝居も幕をあけた。

岡本かの子という女性の、
激しく純粋で、ひたむきな生き方が、
時折このような形で噴煙をあげるのは、
見ていてもドキドキする。

今の若い人たちにだからこそ、
素直に共感できることも多いのではないかと思う。

かの子は生きている時は誤解のカタマリのような存在だった。
悪口の言われほうだい。
岡本一平という超人気者、当時のスーパースターの妻でありながら、
家に恋人を同居させ、
一家揃って外遊する時にも彼らを堂々と一緒に連れて行く。

ジェンダーなどという言葉はふっとんでしまうような
奔放な生き方だ。

岡本太郎はかの子のことを
「オレは母親というものを持った覚えはないね」
と冗談めかして言っていたが、
実際、不器用で猛烈な母だったらしい。

細々とした身のまわりの世話だとか家事などまるで苦手。
放りっぱなし。

「だけど、あんなにかわいくて、清らかで、濃い女性。
神秘的なほど豊かに女だった人は見たことがない」と誇る。

彼女は息子に対してさえ、
母親であるより前に女だったのだ。
太郎はそんな母を愛していた。

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いま、子育てに悩む人がふえている。
良い母親にならなければならないとピリピリして、
逆に子供にあたってしまったり、
ひどい時には暴力にはしったりする。

こういう人は岡本かの子を思いだしてほしい。
太郎はまだ小学生にあがる前から、
母親の恋愛感情のもつれや悩み、恨み、恥ずかしいこと、苦しいこと、
何もかもあけすけに聞かされて育ったそうだ。
まるで大人に対するように、
このお母さんは一人息子にめんめんと語りかけ、
訴え、泣いたり愚痴ったりした。

「教育上、良いことではないかもしれないけれど、
一人前の男のようにそれを聞いていて、
僕は人生というものを実感したし、
しっかりさせられた」と彼は述懐していた。

どんな人間であろうと、
ひたむきに、いまを生きている姿は切なく美しい。

母親だからといって、
ありのままの人間であることを子供に隠す必要はないのではないか。

「母」という絆、役柄で装備を固めてしまって、
一人の人間・対・人間としては子供と向きあうことをしない。

そのくせ、親であるという立場にもたれかかって、
大人の勝手を平気で子に押しつける。
子供の方も、それを見すかしていながら、馴れあって甘えている。

こういう人間関係は、
一見平穏で、良い御家庭に見えるかもしれないが、
いつ崩壊してもおかしくない危険をはらんでいる。

岡本親子のように、
それぞれが少しも自分をまげず、
いのちいっぱいに生き貫きとおし、
それでいてお互いを認めあい、愛し、生かしあった。
その関係は熱く、爽やかだ。



次回もおたのしみに!

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