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Toshiko's Essay⑪ Natural - Unabated . " Magnetic force "

敏子のエッセイ⑪自然「衰え見せない“磁力”」

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岡本太郎記念館の庭をご覧になったことのある方なら、
誰もが驚かれたことがあると思います。
あの“ジャングル”に。

今回はそんな記念館の庭についてのエッセイです。



岡本太郎記念館の庭に丈高い芭蕉が茂っている。
冬になっても青々として枯れる気配も見せず、
大きな葉をのさばらせて。

ひょろりと伸びて先端が垂れ下がった茎の先には、
五、六センチのバナナの房までついている。

この芭蕉は戦後に住んだ上野毛のアトリエに生えていたのを、
一株だけ持って来て植えたもの。
小憎らしいほど元気よく育って、
若い芽もいくらでも生えてくる。
彫刻にかぶさってうっとうしいのpで、
しょっちゅう切るのだが、一向に衰えを見せない。

アトリエの庭はどういう訳か、
何でもよく茂って、巨大化する。

ドラセナでも、棕櫚でも、大八つ手というのだろうか、
普通の八つ手の五、六倍もある葉っぱがにょきにょきと生えるのも。

塀の際にあるので、枯れ落ちる頃になると、
草月流や小原流の人たちが楽しみにして、
塀の外に拾いに来ているようだった。

アカンサスというギリシャの植物。
コリント式円柱などの柱頭や、
神殿の破風などによく浮き彫りになっている。

これも誰に貰ったのだろう、
いつの間にかはびこって、
猛々しい大きな葉の間から背丈以上もある茎をのばし、
びっしりと薄紫の花をつける。

別段、大事にしている訳でも、
肥料をやる訳でもない。
放りっぱなしなのに、
なぜみんなそんなに勢いがよくなるのか分からない。

新規ドキュメント 6_1
「岡本太郎さんの“放射能”があるんじゃありませんか」

真面目にそんなことを言う人もいた。

亡くなって4年。
その磁力は衰えを見せない。
記念館の庭は相変わらずジャングルだ。

訪れる人は「えーっ、青山の真ん中に、こんなところがあるなんて!」
と息を呑み、すっかり嬉しくなるらしい。

彫刻は無造作に緑の中に林立して、
どっちが自然か、という顔をしている。

およそ、庭園とかガーデニングとか、
手をかけていじった様子とは異質の空間。
それが不思議に現代人を癒やすらしい。

木も草も、彫刻も、空の青さまでが、
岡本太郎のパワーにみたされている。
人々は思わずそれを吸い込んで元気になる。

「自然保護」「環境を大切に」と声高に唱える人たちがいる。
無茶苦茶な開発は勿論許せないが、
ただ「自然」「自然」とあがめ奉って、
神棚にあげてしまい、
手をつけなければ良い“自然”主義はどうなのだろうか。

人間はずっと自然とかかわり、
それを活用しながら生きてきた。
人間だって自然なのだ。

縄文人、アイヌ、つい最近だって山の民の、
自然の生かし方の絶妙なこと。
凄い技術だ。

記念館の庭は、勿論、手つかずの自然ではない。
動物の陶彫の背中にバサバサと緑の葉を生やし、
河童の口からは蔓が垂れ下がり、
茂みの間から原色の『座ることを拒否する椅子』が笑っている。

岡本太郎は自分の作品と自然との共生を楽しんでいた。
そして亡くなった今でも、
そのいのちの歓びは集う人々を癒やしている。
「元気がなくなったら、また来ます」と。



次回は母の塔「素肌でぶつかれば」をお届けします。

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