まずは平野館長から久松知子さんのご紹介です。
まずは久松さんが受賞された第18回岡本太郎現代芸術賞について。
太郎賞はほかの芸術賞のように受賞暦を一切配慮せずに選んでおり、
新しいものに挑戦する気概だけを見ている。
そのために実績のない若い人が入選していること。
いつも入選者を選ぶのは審査員で大議論になること。
その中でも久松知子さんは満場一致で選ばれたこと。
そしてゲストは赤坂憲雄先生の紹介です。
太郎が生きていたときに太郎を批評した本なんてなかった。
さらに民俗学視点などではとても語られなかった。
でもはじめて一級の民俗学者が岡本太郎を解説してくれた。
もちろん、その後もそんなことはない。
その本を書かれたのが赤坂憲雄先生なのだそうです。
平野館長曰く、今いちばん太郎を語るのに相応しい方です。
そして久松知子さんのトークショーがスタートしました!
赤坂「山形の大学の最後の教え子だったんですよね」
久松「でもそのとき赤坂先生の授業とってなかったんですよね(笑)」
そして久松さんから絵の説明がありました。
《芸術家の研究所》
まずは絵に描かれている人物の紹介から。
描かれた人々は岡本太郎論をいろいろ読んで、
そこに登場された人物を描かれたとのこと。
今回の制作テーマである「岡本太郎との対決」。
そこで思ったのは、「知らないと対決できない」ということ。
そこで太郎を知ることにしたそうです。
描かれている建築家が自分としては大切とのこと。
—
太陽の塔のある万博公園に行き、
そこで当時のパビリオンなどの説明を見られる展示があって、
そこに模型があった。
丹下健三がつくった大屋根の模型を見て、
その大屋根と対決する形で太郎は太陽の塔を建てた。
太陽の塔は大屋根を突き破っていた。
それがヒントになった。
それは太郎の近代に対するアンチテーゼだった。
太郎は高度成長の中で近代的な価値観に対して否定的だった。
万博に参加することでその意思を表明した。
そういう時代につくられてきたシステムなどを、
いま私たちは受けている。
エネルギーなども変化した時代。
原発が建った時代。
でもいま原発が爆発してしまって、
近代に対して諸手を挙げて喜べなくなったのではないか。
太郎は万博の頃からアンチテーゼを唱えていた。
その思いすべてをこの絵に描いてはいないけれど、
そういったことを考え、描きました。
久松知子トークショー リアルタイム中継!!
:: April 28, 2016
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