「ロッテ キシリトールガム」や「明治おいしい牛乳」などの商品デザインでも知られている日本を代表するグラフィックデザイナー 佐藤卓さんとの対談です。
〈前回までは〉
佐藤卓①「デザインとは、なにかとなにかを“つなぐもの」
今回は佐藤卓さんが仕事のときに必ずすることをお聞きしました。
ぼくは主義・スタイルのようなものはいっさい決めていないんです
平野:まず基本的なことからうかがいたいんですが、卓さんは仕事のオファーがあったときに、なにから考えはじめるんですか? 仕事の依頼といっても、新商品もあれば既存商品のリニューアルもあるわけだから、それぞれでアプローチの仕方がちがうのかもしれないけど。
佐藤:自分がどのような状況に置かれているのかを把握しないことにははじまらないので、まずは依頼主にいろいろお訊きします。
平野:なぜ卓さんにお願いしようと考えたのかっていうことを?
佐藤:それもありますし、いまなにを困っていらっしゃるのか、いままでどういうものをつくってきたのかなど、とにかく訊きたいことは山ほどあります。
平野:プロジェクトの置かれている状況を俯瞰的に理解するっていうことですね。
佐藤:時間がいくらでもあるなんて仕事はないので、限られた時間のなかでどれだけ理解できるかがとても重要です。
平野:いきなりアイデアを練りはじめるわけじゃないんだ。
佐藤:どういうふうにお手伝いできるか以前に、まずそれを理解します。お声がけいただいたときに依頼主がどういう状況にあり、社会とどういう関係にあるのか。その依頼主のことをだれが知っていて、だれが知らないのか、などを含めて。
平野:知っていたとしても、どういうふうに認識しているのかも問題ですよね。
佐藤:そうです。もちろん、そういうことを完全に把握するのは不可能なので、どこまで把握できるか、とても気になるところです。
平野:依頼主と対話を繰り返すわけですね。それって、いってみれば「問診」みたいなもの?
佐藤:そうですね(笑)。「頭が痛い」とおっしゃっているなら、なぜ頭が痛いのか、その原因を探っていく。「睡眠はとっていたのか」とか「栄養は足りていたのか」とか「身体のバランスはいいのか」とかね。ベースにある依頼主の体質、つまり企業の体質を把握するように努めます。
平野:それは時間がかかりますね。
佐藤:そうなんです。
平野:相手によっては、「オレには原因がわかっている。脳梗塞だ。だからすぐに手術してくれ」って言う人もいるでしょ?
佐藤:いますね。でもほんとうに脳梗塞かどうかはわからない。
平野:そうでしょうね。本人は医者じゃないのでわからないはずだし、わからないからこそ名医を訪ねているわけだから。
佐藤:でも、そう思い込んでいる依頼主はけっこういらっしゃる。
平野:その状況を引き受けるのって、けっこう難しいですよね。「あなたは脳梗塞ではありません」なんて言おうもんなら、「キミはオレのことをぜんぜん理解していない」っていう反応が返ってくる恐れがあるわけだから。
佐藤:なので、できるだけじっくりとお訊きしますし、徹底して話しあいます。ただ、ほんとうに脳梗塞だった場合、お訊きしているうちに亡くなっちゃったら元も子もないので(笑)、いっぽうではスピード感も大切ですけれど。まあ、もっとも、ぼくの仕事は医療ではないから、そこまで緊急性があるわけではないですけど。
平野:いずれにしても、いろいろな角度から話を訊くところから仕事をスタートさせるわけですね。
佐藤:そうです。
平野:対話って、具体的にはどんなふうに進むんですか?
佐藤:たとえばシンボルマークをつくりたいという依頼がきたとします。もちろんじっくりお話を訊くわけですけど、いっぽうでは詳しい説明を聞かなくてもわかることもあります。
平野:とうぜん新しいものが必要だろうと。
佐藤:そうです。たとえば、「いままで使ってきたシンボルマークが、これからの時代にはそぐわないように思う。新しい時代にフィットするものに変えたい」と言われて拝見したときに、「これはたしかに傷んでいるな。あと50年はもたないだろう」と思えば、つくるべきだってことはただちにわかりますよね。
平野:その逆もあるでしょう? いまのまま変えない方がいいじゃないか、みたいなことも。
佐藤:もちろん。場合によっては「ほんとうにシンボルマークが必要なのか」っていうところから、投げかけます。
平野:ああ、なるほど。
佐藤:けっしてぼくが恣意的に判断しているわけではないんです。「シンボルマークをつくろうと思った理由はなんですか?」ってお訊きしていくうちに、シンボルマークがなくても成立するかもしれないっていうことが次第に見えてくることがある。
平野:頭痛を抑えるときに、対症療法的な薬を処方しなくてもいい場合があるってことですね。
佐藤:「その頭痛は、たっぷりと睡眠をとれば、治っちゃうんじゃないですか?」っていうときもある。だから、デザインをはじめる前に、ほんとうにシンボルマークがいるのかどうかっていうところから確認するわけです。
平野:なるほど。
佐藤:反対に、「それは必要だ。今後のグローバル展開を考えれば、言葉を超えて理解できるアイコンがあったほうがいい」と思うことももちろんあります。マークって言葉が通じない人に対してもメッセージを送ることができますからね。
平野:プロには大きく二つのタイプがいると思うんですよ。ひとつは、「オレは脳梗塞だから手術してくれ」って言われたときに、「かしこまりました」ってその場で切るタイプ。切る必要がないかもしれないし、脳梗塞かどうかもわからないけれど、「切ってくれと言われたから切ったのだ。それがオレの仕事」というタイプですね。もうひとつは、「これは切らないほうがいいですね」とか「切るよりもっといい方法があります。それがコレです」と提案するタイプ。
佐藤:なるほど。
平野:乱暴にいえば、前者は「御用聞き」で、後者は「パートナー」。ぼくは本来、プロは後者であるべきと考えています。注文どおりのものをそのまま差し出すのではなく、依頼主の利益を最大化する方法を模索する。卓さんは完全に後者ですよね?
佐藤:いや、ぼくはそういった主義・スタイルのようなものはいっさい決めていないんです。
平野:えっ、相手によって変わるんですか?
佐藤:たとえば、やりたいことを明確にもっている人もいらっしゃるじゃないですか。そういうときに「こういうやり方もあります」なんて提案してもなかなか理解していただけない。そういうときは…。
平野:はい。
佐藤:「これがやりたい!」っていうことがはっきりあるなら、それにきちんとおつきあいします。
平野:ある種のあきらめとともに?
佐藤:いえ、いっさいあきらめません。「わかりました。それで行くなら、徹底的にやりましょう。おつきあいします」と前向きに取り組みます。
平野:なるほど。やれるところまでやってみるわけだ。
佐藤:そうです。やってみて、ほんとうに気に入っていただけるなら、それでいいわけですから。
平野:たしかに。うまくいけばそれでいいですもんね。
佐藤:なぜうまくいったのかをきちんと確認できれば、依頼主のその後にも役に立つし、別のお手伝いができるかもしれない。
平野:逆に、うまくいかなかったら?
佐藤:ともに結果を見て、どうしてうまくいかなかったのかを一緒に考えます。
平野:そのプランを推し進めた依頼主も、「自分の判断のどこがいけなかったのか」と反省することになりますね。
佐藤:そうなんです。それってとても貴重な経験だと思う。
平野:そうですね。
佐藤:それほどやりたいことがあるのに、経験できずにほかのものになっちゃったとすると、「オレが考えていたほうがよかったんじゃないか」っていうのが、ずっと残るだろうし。
平野:そのモヤモヤを抱えていくより、とにかく一度やってみると。
佐藤:徹底的におつきあいして、徹底的にやってみる。そういうときもあります。
平野:そこだ! 「徹底しておつきあい」っていうところ。いま気がついたけど、そこが卓さんの魅力ですよ。それが卓さんの仕事観の中核であり、プロとしての矜持でしょ? さっき、プロには二つあるって言いましたけど、三つ目の道があるような気がしてきた。
佐藤:(笑)
平野:卓さんの魅力は〝愚直とさえ言い得るほどの誠実さ〟だと思う。世間から信頼されているねっこの部分も、きっとそこにある。
佐藤:自分ではわからないですけどね(笑)。
—
次回は佐藤卓さんのアイデアの生み方、生まれ方をお聞きします。
お楽しみに。
佐藤卓対談③
佐藤 卓
グラフィックデザイナー
1955年生まれ。
1979年東京藝術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了。
株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所設立。
「ロッテ キシリトールガム」や「明治おいしい牛乳」などの商品デザイン、
「金沢21世紀美術館」、「国立科学博物館」、「全国高校野球選手権大会」等のシンボルマークを手掛ける。
また、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター、「デザインあ」の総合指導、21_21 DESIGN SIGHTディレクターを務めるなど多岐にわたって活動。
Taku Satoh talk ② " Design and Ego "
佐藤卓対談②「デザインと自我」
:: July 29, 2016
