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Toshiko's Essay⑯This moment "wanting to do it concentration"

敏子のエッセイ⑯この一瞬「やりたいことに集中を」

_1970

今回の「満月日記」は“将来の自分”について。
敏子さんのコラムを読んで少しでもあなたが迷いから解き放たれますように。



月別のカレンダー。
11月の分が終わったので、ふとめくったら、残りが一枚。
ストンと何かが抜け落ちたようなショックを受けた。

この頃、一週間がほんとうに早い。
岡本太郎記念館は火曜日が休館なので、
この日に取材や、次回の展覧会の準備を集中して、
水曜から館をあける。
来客、打ち合わせ、インタビュー、外出の用もある。
息つくひまなく、アッという間に日曜日になってしまう。
僅かの隙間をぬすんでは原稿を書いたり、調べものをしたり。
夜は夜で会合もあるし、よく飲んで、喋って……。
考えてみれば、一日の休みもなく、フル回転している。
幸いなことに、宿酔いもなく疲れを知らない体質なので、
何でもなくこなしているが。

「月日は百代の過客にして」という芭蕉のような風雅な述懐ではなく、
飛び去って行く時間の早さに驚異を感じる。

だが、そういうのはほんの一ときの、
カレンダーの紙一枚分の感慨にすぎない。
いつも私は、いま、この一瞬に集中している。
過ぎ去った時も、これからのことも、何も意識にない。

よく若い人が訪ねて来て、質問する。
或いはインタビューなどでも「将来の夢は?」
「これからどんなことをしたいと思っていますか?」

私の答えは「なんにも」「いまやることを、やる。それだけ」

素っ気ないが、ほんとうにそうなのだ。
私はいま、あるがままの、あるだけの私であって、
いまやらなければならないことを、やれるだけやる。
それしかない、と思っている。

若い人ほど将来のことに気を廻し、思い悩み、
どんな自分になったらいいのか、
それには今どうしたらいいんだろう、
どんな生き方が自分にふさわしいのか、
今のあり方は自分と違う、など、
真面目ではあればあるほど思い迷って動きがとれなくなっているようだ。

新規ドキュメント 2_1
迷った方がいい。
いったい自分は何なのか、つきつめた方がいい。
でもそれは立ちどまって、
いまを空しくして先の方に思いをはせるんじゃなくて、
歩きながら、動きながらやることだ。

何もしないということも行動だから、何もしなくてもいい。
でもそれは、あっちを見たりこっちを見たり、
周囲に気をひかれ、
キョロキョロしながら何もできないでいるということとは違う。
何もしないということに自分の全存在を賭けて、
ぶち当たっていなければ、空しい。

その点、ずっと余命の少ない年配者の方が腰がすわっているように思う。
周囲を見わたしても、
それぞれに結構やりたいことをやって、
世間様やマスコミが騒ぎたてるほどにはヒリヒリしていない。
もうここまで生きてきたんだから、
思い残すこともないわ、
という感じだろうか。

介護の問題だとか年金の破綻だとか、
社会的なストレスは山積している。
そういうことは承知の上で、
いまの自分に出来ること、
やりたいことに集中して生きたい。
平気で、にこやかに。



次回は、過剰サービス「電車よ少し黙って」をお送りします。

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