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Kaichiro Morikawa talk ① "OTAKU culture lecture"

森川嘉一郎対談①「オタク文化講座」

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明治大学において「東京国際マンガミュージアム」(仮称)の開設準備、および米沢嘉博記念図書館の運営に関わる森川嘉一郎さんとの対談です!

まずはお二人の出会いからヴェネツィア・ビエンナーレ第9回国際建築展日本館コミッショナーとして「おたく:人格=空間=都市」展を製作した経緯についてお聞きします。

森川嘉一郎①「『おたく:人格=空間=都市』という画期的なもの。」
森川嘉一郎②「黒幕の意図が介在しているのかいないのかを確認したわけです。」
森川嘉一郎③「科学技術信仰は、大阪万博を象徴的なピークにしてガラガラと崩れていった。」
森川嘉一郎④「おたく文化の基盤の一つとなっている概念が、学校の中で培われているわけです。」
森川嘉一郎⑤「強引に想像してみると、アウトサイダー的な匂いを感じとっているのかもしれないですね。」
森川嘉一郎対談⑥「文化的なメインストリームから外れたところに広がっている感じです。」
森川嘉一郎対談⑦「
大人が漫画を読んでいても後ろ指をさされないということも、大きいと思いますよ。」


『おたく:人格=空間=都市』という画期的なもの。

平野:今日は、いま開設準備が進みつつある注目の新ミュージアム「東京国際マンガミュージアム」(仮称)のキーマン、森川嘉一郎さんにお越しいただきました。といっても、今日はその話ではなくて、オタクについて聞きたいと思ってるんですけどね(笑)。

森川:はい(笑)。

平野:最初に森川さんに会ったのは、たしか2003年。翌年のヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展で日本館のコミッショナーに就いていた森川さんが、「タイムスリップグリコで太陽の塔をつくらせてほしい」と相談にみえた。前回の海洋堂宮脇センムとの話のなかにお名前が出てくるので覚えている人も多いと思うけど、このとき森川さんがぼくに宮脇さんを引き合わせてくれたんです。感謝してます。

森川:こちらこそ、お世話になりました。

平野:で、そのとき森川さんが打ち出したテーマが『おたく:人格=空間=都市』という画期的なもの。残念ながらヴェネツィアには行けなかったけど、2005年に開催された恵比寿の写真美術館での凱旋再現展示を見ることができて、大きな刺激を受けました。展示はぼくの本業でホームグラウンドだから、たいていのことには驚かないんだけど、あれは画期的でした。視座、コンセプト、素材、演出のすべてにおいて過去に例のないものだったからです。じつに独創的だった。

森川:ありがとうございます。

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平野:アートやカルチャーのフィールドに「オタク」を持ち込み、世界に向けて「オタク文化」として発信したのは、あれが史上初なんじゃないですか?

森川:いえ、美術の世界でオタク文化をとり上げることは、たとえば村上隆さんがやられていました。そうしたこともあり、私がヴェネツィアの展示を組んだときは、逆に、ハイアートに持ち込もうとしているかのような見え方を、いかに取り除くかということを意識しました。

平野:じつはぼくはヴェネツィア・ビエンナーレに行ったことがないから、あまりイメージが湧かないんだけど、そもそもどういうイベントなんですか?

森川:「ビエンナーレ」はイタリア語で「隔年」という意味で、隔年開催の国際美術祭を軸にしながら、複合的な芸術祭へと発展したものです。

平野:ほかにも映画祭、音楽祭、演劇祭なんかもやってますよね?

森川:そうしたビエンナーレの枠組みの中で行われるようになった祭典のひとつに、私が参加した国際建築展があります。

平野:建築展って、具体的にはどんな…?

森川:コミッショナーが展示全体のコンセプトを作って出展作家となる建築家をひとりないしは複数選び、その建築家が模型や図面を使って自身の最新のプロジェクトを展示する、というのが標準的なスタイルです。

平野:ヴェネツィアの会場には常設の国別パビリオンがあるんですよね?

森川:そうです。それぞれそこに展示を作ることになるので、選ばれた建築家たちは結果としてその国の代表として送り込まれ、賞を競っているような見立てになります。

平野:なるほど。形式としては「国別対抗戦」になっているわけね。万博やオリンピックとおなじだ。

森川:そこのところが建築展はともかくとして、政治的な作品を作るアーティストも多い美術祭では問題含みでもあったりします。「私は別に国を代表して他国のアーティストと評価の高さを競うために作品をつくっているわけじゃない」と。あるいは「自分の表現を特定の国や国民性にヒモ付けられたくない」という主張もあるでしょう。

平野:その気分はわかる気がするな。「オレは別に日の丸を背負ってるわけじゃないし、そんなつもりもない。なんで日本の駒のような形で作品を発表しなければいけないんだ!」っていうことでしょ?

森川:そうです。ビエンナーレは19世紀末にはじまった祭典で、万博や近代オリンピックと同じく、国家の集合として世界をとらえるという、当時の世界像を反映してそのような形式になったわけですが、それがそのまま今も続けられているわけです。

平野:万博やオリンピック同様、国家的エリートの表現舞台ってことですよね。じっさい建築展ではお国を代表するエリート建築家が世界にアイデアを打ち出す檜舞台だったと。

森川:ハイアートとしての美術や建築にとって、権威的な場として機能していることは間違いありません。

平野:それはよくわかったけど、そんな晴れがましい場所に、なんで「オタク」?(笑)

森川:ちょっと長くなるんですけど、いいですか?

平野:どうぞ、どうぞ。

森川:ビエンナーレ建築展における日本館のコミッショナーは、私の前は、磯崎新さんが何回か連続して担当されていました。磯崎さんが最初にやられたのは1996年の回なのですが、1995年の阪神淡路大震災の翌年だったっていうこともあって、脳天気にそれまで通りの作家展や作品展をやっても意味がないと考えたそうなんです。

平野:あの現実を目の当たりにしているときに、それに目をつぶって理想論や綺麗事を並べてなんになると?

森川:そうですね。建築家の役割としては復興に向けた計画を示すといったことが当然ありうるわけです。ただ、現代的な技術やデザインで築かれた都市が、地震に際してインフラから崩れてしまったという現実をそのまま展示した方が、建築が置かれている状況をより的確に表すだろう、と。

平野:具体的にはなにを?

森川:被災現場のガレキを大量に日本館に運び込んで、床を埋めたんです。

平野:被災状況を再現したわけですね。

森川:その上で人が亡くなった布団まで持ち込みました。また、壁面は全面にわたって写真家の宮本隆司さんが撮っていた被災地の写真をブローアップして埋めました。

平野:すごいな。

森川:ただ、それだけだと単純に悲劇として描き出そうとしたと誤解されかねないので、磯崎さんの心の弟子筋にあたる石山修武という建築家がいて…。

平野:『伊豆の長八美術館』など個性的な作品を残されている人ですね。

森川:当時、石山さんは早稲田の建築学科で教授をしていて、私はその研究室の大学院生として助手みたいなことをしていたんです。

平野:えっ、森川さんは1996年のときから絡んでたの?

森川:絡むといってもあくまで末端です。悲劇的な見え方を中和するための操作を石山さんが担うことになって、そのお手伝いをしました。そのときに「安全太郎」を会場の外に並べて・・・

平野:安全太郎(笑)?

森川:工事現場の旗振りロボットです。それを10体ほど並べて、被災現場で活躍したレスキュー隊の服を着せてアイキャッチにしました。

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平野:日本人にはお馴染みの日常だけど、海外の人から見たらきっと異様なアート作品に見えたでしょうね。

森川:少なくとも悲劇として伝えようとしているようには見えなくなる効果は十分にあったと思います。それから、安全太郎っていうと人型の板状のものが一般的ですよね?

平野:板に絵が描いてあって、手だけ動くやつね。

森川:ところがメーカーに行ってみると、ブティックにあるマネキンのような、豪華版があるんですよ。

平野:そうなんだ(笑)。

森川:さらにおもしろいのは、時々モデルチェンジをしていて。そのときに一番ハンサムとされる顔にするんだそうです。

平野:…(爆笑)

森川:さらに腕もですね、左右に振るんじゃなくて、立体的に八の字に動かすんです。

平野:すごいじゃない!

森川:それが10体ですからね。

平野:もはやアートパフォーマンスだ。

森川:国別パビリオンの日本館だということも、ある意味利用したんですね。日本以外で道路工事の現場に人型の看板を立てるところなんてないですから、外国の人から見ると非常に日本的で物珍しく見える。

平野:イケてますね。

森川:他にも、当時のニュース映像から音声をサンプリングして館内に流すということもしました。

平野:被災地の状況を伝えるニュース映像を?

森川:そうです。ニュースキャスターたちが状況を伝える、冷静でフラットな感じの音声と、現場の映像から溢れる、被災者の切迫した声やサイレンの音など

平野:それは衝撃的だっただろうな。

森川:じっさい被災をされた方がビエンナーレの展示を見て、本物であるガレキよりも音声のほうが心に来るものがあったとおっしゃってました。

平野:音源は誰がつくったんですか?

森川:じつは私なんです。真夏にクーラーが効かない部屋で延々と被災現場の音声をミキシングするのは、それなりにしんどい体験でした。

平野:現場には?

森川:一夏ヴェネチアの現場で過ごしました。安全太郎を組み立てたり、スピーカーを取り付けたり。



次回は森川さんがビエンナーレで展示の題材にされた、
「秋葉原」に関する研究についてお聞きします。

森川嘉一郎②

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森川嘉一郎 (もりかわ かいちろう)
明治大学国際日本学部准教授
1971年生まれ。早稲田大学大学院修了(建築学)。
2004年ベネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展日本館コミッショナーとして「おたく:人格=空間=都市」展を製作(日本SF大会星雲賞受賞)。
桑沢デザイン研究所特別任用教授などを経て、2008年より現職。
明治大学において「東京国際マンガミュージアム」(仮称)の開設準備、および米沢嘉博記念図書館の運営に関わる。
著書に『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』(幻冬舎、2003年)など。

 

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