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Toshiko's Essay⑱ Justice "drinks it up if poured"

敏子のエッセイ⑱義理「注がれたら飲み干す」

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岡本太郎は酒豪だった。
どんなに飲んでも足もとが乱れるとか、
崩れるということはない。
飲めばますます陽気になり、
賑やかに、スピリチュアルに議論風発。
興にのればピアノも弾くし、
シャンソンも唄う。
ダンスを踊りだすと、軽やかに色っぽくて、
自由自在のステップ。
この人はパリで何をしていたんだろうと疑わせるほど見事だった。

酒場とか賑やかな席は大好きだし、
自然に座をもりあげて、
みんなを楽しく活性化する不思議なオーラを持っていた。
色っぽい冗談は言うし、
手も動くし、
女性たちにも人気があった。

彼女たちにお酒を御馳走するのは平気で、
自分も結構楽しんでいる。
ただ、オーダーだけして、手をつけずに他の席に行ってしまう人、
これは嫌いだった。
「おいしく飲むんだったら、どんな高い酒だっていい。
飲みもしないで、立って行くのは許せない」と怒る。

ここには、彼の酒に対する哲学があるのだ。

わいわいやっているうちに、
誰かが河岸を変えようと言いだす。
ぞろぞろっと立とうとすると、
彼は「待て待て。酒には義理がある」と言って、
自分の前に注がれたお酒は必ず飲み干してから席を立つのだ。

私などは傍で見ていて、
もうかなり飲んでいるし、
まだ先もあるんだから、
飲まなきゃいいのに、
とはらはらするのだが。
彼はお酒というものには若いときからさんざんお世話になっている。
良い思いも、辛い思いも、ともにして来た。
飲みもしないで置いて行くのは申し訳ない、
と義理をたて通すのだ。
面白い人。

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しかし、強かったから出来たことなのだろう。
一月十五日が近づくと思い出すのは野沢温泉の道祖神の火祭りだ。
雪の中で、村をあげて攻め手と守り手に分かれて松明を投げあう、
勇壮、壮絶な神事。
岡本太郎はこの祭りに魅入られて、
何度も通い、村人と同じように御神酒を奉納し、
一緒になって暴れまわる。
参加した映画も撮っている。

大松明に火をつける最初のところから、
傍に頑張っていて、
神聖なお堂に突入する大松明の先頭に取りついて、突っ込む。
火の粉は振りかかってくるし、
戦場さながら、危険極まりないのだが、
太郎さんは眼をらんらんと輝かして、
炎とともに燃えあがっている。

男たちはみな、
首から紐で一升瓶をぶら下げていて、
お互いそれを突きつけあって、
飲みながら暴れているのだから威勢がいい。

「おう、先生! 飲みなよ」
「飲みなよ」

みんなからさされる。それをのみほす。
もう相当きこし召しているようだから、
とある人が気をきかして、
冷水を口もとに差し出したそうだ。

がぶりと飲んで「なんだ、これは! 水じゃないか」。
きっと、にらんだという。

「先生は面白いよなあ。水じゃないか、って眼をむくんだからね」

こういう太郎さんが、村の男たちは本当に大好きなのだ。
だから野沢温泉名誉村民第一号である。

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