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Kaichiro Morikawa talk ⑤ "OTAKU culture lecture"

森川嘉一郎対談⑤「オタク文化講座」

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明治大学において「東京国際マンガミュージアム」(仮称)の開設準備、および米沢嘉博記念図書館の運営に関わる森川嘉一郎さんとの対談です!

今回は意外にも多い「オタクの人たちの岡本太郎好き」ついて森川さんに分析していただきます。

〈前回までは〉
森川嘉一郎①「『おたく:人格=空間=都市』という画期的なもの。」
森川嘉一郎②「黒幕の意図が介在しているのかいないのかを確認したわけです。」
森川嘉一郎③「科学技術信仰は、大阪万博を象徴的なピークにしてガラガラと崩れていった。」
森川嘉一郎④「おたく文化の基盤の一つとなっている概念が、学校の中で培われているわけです。」

強引に想像してみると、アウトサイダー的な匂いを感じとっているのかもしれないですね。

平野:分類からすれば、岡本太郎はまちがいなくハイアートのサイドであって、けっしてサブカルではない。でも、たとえば海洋堂の宮脇センムは筋金入りのオタクだけど、岡本太郎に愛情をもってくれている。

森川:はい。

平野:オタクの人たちに、なぜか太郎好きが多いような気がするんだけど、なんでだろう?

森川:それはちょっとわからないですけど、強引に想像してみると、アウトサイダー的な匂いを感じとっているのかもしれないですね。

平野:ああ、なるほど。

森川:アートっていうとエスタブリッシュメントの世界で、そういうエスタブリッシュされた世界とおたくの世界とは、隔たりがあるわけです。

平野:太郎の仕事も、ハイアートの保守本流からはかなり外れているからな。

森川:そこに親近感を抱くのかもしれませんね、あくまで想像ですけど。

平野:ぼくは太郎の絵画って漫画的だと思っているんですよ。画面がとても平面的だから。学校で教わった、奥行きと立体感を感じさせる絵がすぐれているという基準で見たら、アウトに近い。西洋絵画の正統的アカデミズムの視点からすれば、おそらく邪道なんです。父の一平から漫画の描き方を教わったわけではないから、そうなったのはたんに本人の好みなんだろうけど。

森川:なるほど。

平野:前衛であるにもかかわらず、太郎の作品が大衆に受け入れられたのは、もしかしたら漫画好きの日本人の好みにフィットしていたからなのかもしれないって、考えたりするんですよ。

森川:キャラクター性のようなものが通底して見受けられるっていうのはあるのかもしれないですね。

平野:たしかにキャラクターっぽいモチーフがふんだんに出てくるし、登場するキャラがまた漫画っぽい。

森川:だから大衆性を帯びることができた、ということなのかもしれません。太陽の塔がいまも残りつづけているのも…。

平野:なるほど。

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森川:それと当時、テレビにも頻繁に出演されていたことが関係しているかもしれません。太郎さん自身のキャラクター性と、作品のキャラクター性が相乗する形で強く印象づけられたのかもしれないですね。

平野:以前、森川さんが大阪万博について書いたテキストを読んだときに、やはり未来像について書かれていて、「建築デザインについていうと、戦慄するほど予言的なものが二つだけあった」と書いてあった。未来的なパビリオン建築ではなく、お祭り広場の大屋根と太陽の塔だと。

森川:そうです。

平野:たしか、その二つがセットになって「建築デザインの終焉」を示していた、といったような文脈でしたよね? とても刺激的なテキストだったから、いまでもしっかり頭に残っています。

森川:丹下健三さんが大屋根を設計したとき、まさか突き破られるとは、当初思っていなかったのではないかと思います。

平野:もちろん。

森川:でも結果として、突き破られたことによって、強力なシンボル性を帯びた。そして万博の後、他のパビリオン建築はすべて跡形もなく消え、さらに大屋根も消えた中で、太陽の塔だけが残った。そのことが、建築のデザインを考える上で興味深い問題を含んでいるのではないか、と考えたのが、あの文章を書いたきっかけでした。それは、なぜ私が建築デザインの本流とはかけ離れた「秋葉原」のような対象を調査しはじめたのかということにも関わるんですが。

平野:石山研究室に入ったくらいだから、森川さんはもともと建築家を目指していたんでしょう?

森川:大学4年で石山研を選んだときにはそういう意識がありましたが、もともと建築学科に入った動機は、全然違うところにあったんです。私は高校時代は漫画研究部で漫画を描いていたんです。大学の付属高校だったので受験もなく、行きたい学部を自由に選ぶことができたんですけど…。

平野:漫画を描いていたとすると、ほんとうは美術学科みたいなところに進みたかった?

森川:まさに美術系の学部があればそこを選んでいたと思うんですが、そういうのがない大学だったんですね。そのとき先輩から、理工学部の建築学科ならパースを描いたり、模型をつくったりする授業があると聞いて、それは楽しそうだということで。そういう不純な動機で建築学科に進んだんです(笑)。

平野:うん。

森川:ただ、私が入学した頃の建築学科は、建築家になることこそが建築学生の本懐だと、洗脳してくるような場の雰囲気があって。まんまとそれに当てられてしまいました。

平野:大学生になった後に建築家になろうと思ったわけね。

森川:それで、4年になる頃にはそのつもりになって、がんばって卒業設計に取り組んだりしていました。当時は「デコンストラクション」っていうのが建築デザイン業界で流行っていて。敢えて傾いたような形にするスタイルなんですけど。

平野:卒業設計にもデコンストラクションを?

森川:そうです。さらに、せっかく卒業設計なんだから、なにか大きいものをつくろうと思って。それで大きいものって何だろうと考えていたら、じゃあ「国家」はどうだろう、と思って(笑)。

平野:それはまた、ずいぶんと…(笑)。

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森川:当時、かわぐちかいじさんの『沈黙の艦隊』という漫画がモーニングで連載されていました。元自衛官が原潜を乗っ取って独立国家を宣言する話です。

平野:それに影響されたわけだ。

森川:原潜が国家になりうるなら、国家となる建築を考えることもできるのではないかと思ったんですね。歌舞伎町一帯を敷地にして、そこにテーマパークがつくられて地上にはホテルなどの施設が建っているけど、地下に行くと国会や裁判所があって、じつは独立国家として営まれているというフィクショナルな設定を考えました。

平野:おもしろいじゃない。

森川:ところが、設計の追い込み作業をしていた1995年の1月に、阪神淡路大震災が起こった。テレビを見ていると、倒壊した高架橋とかビルの映像が延々と流れてくるわけです。

平野:うん。

森川:非常に不謹慎な言い方になりますが、自分がやっているデコン風の傾いたデザインよりも、はるかに「迫力がある」と感じてしまったんです。

平野:わかる。

森川:建築雑誌を読むと、磯崎さんも「これでデコンは終わった」と書かれていました。それに類する印象を述べる建築家もちらほらいて、自分だけではなかったと、後から知ったんですが。

平野:でも卒業制作だからやめるわけにはいかないもんね。

森川:締め切りが目前にせまっていたので、そのまま仕上げて提出するしかありませんでした。それで卒業して、大学院に進むことになっていたので新学期が始まるまでの間はノホホンと過ごしていたんですが、今度は「地下鉄サリン事件」が起こった。すごい事件が起こったと思ってテレビを見ていたら、2日後には機動隊が富士山近くの例の施設に乗り込んで行くわけですよ。

平野:〝サティアン〟だ。

森川:その中がどうなっているのかとか、教団の組織構図とかが報道されるようになって、びっくりしたんですよ。「法務省」とか「諜報省」とか、まさに国家を模している。

平野:森川さんがフィクションとして考えていたことがそのまま現実になったと。

森川:そうなんです。それで彼らがつくっていたサティアンを見ると、無愛想な倉庫のようなつくりになっていて。

平野:安普請のプレハブみたいなね。

森川:連日テレビを見ていて、自分の卒業設計にバツを付けられて、「正解」を見せられているような気がしてきたんですよ。「お前がフィクショナルなものだと甘く考えて、適当にデコン風にデザインした計画は、現実にはこういう形になるんだ」と。

平野:なるほど。

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森川:「サティアン」というのは「聖堂」という意味らしくて、要するに宗教建築なんですよ。歴史を見ても、新興宗教であっても、宗教組織にとっては宗教的権威が生命線になってくるので、可能な限り建築に力を注ぐことになるわけです。ところが「サティアン」には、権威をかざすようなデザインがなされていない。組織にお金がなかったり、清貧の思想のようなものを掲げていたりしたなら別ですが。しかも、建築以外のところにはいろいろなデザインを施していたわけです。

平野:デザインしてましたもんね、服とかロゴマークとかには。

森川:そうなんです。制服も、帽子も、踊りも、歌も、仏像のようなものも、洗礼名のようなものもありました。それなのに、建築にはまったくデザインを施していなかった。ああした卒業設計をしたので、それはなぜかと考えざるを得ませんでした。

平野:そもそも宗教建築って、建築の王道中の王道であり、主役中の主役ですもんね。

森川:それで注目したのは、サティアンが富士の麓につくられたってことなんです。

平野:富士山・・・神の山ですね。

森川:加えて熊本県の波野村にも、大きなコミューンが築かれていました。阿蘇山の近くです。そして教団の中で説かれていたことと、アニメなどのサブカルチャーとの関係も、さまざまに指摘されました。ハルマゲドンが起こったときに、超能力を使う選ばれた戦士として立ち向かっていくというストーリーです。そのイメージソースの一つとなっている「幻魔大戦」というアニメでは、クライマックスで富士山が大噴火を起こして、そこが闘いの舞台になります。

平野:なるほど。

森川:大噴火という災厄によって英雄になるわけで、アニメによってハルマゲドンのライトモチーフになった富士山は、逆説的に、そのような願望を持つ人々にとって、救済の崇高なシンボルになるわけです。つまり、富士山とサティアンはセットで宗教建築としての機能を果たしていたと解釈できます。

平野:富士と一体となるサティアン、サティアンを睥睨してそびえ立つ富士…。

森川:その倉庫と富士山という、建物とシンボルとが分離したありさまを、大屋根と太陽の塔の構図が、ある意味で予言していたのではないかと、あの文章に書いたんです。サティアンも、建物が取り壊された後、富士山がだけがそびえ続けているわけです。



次回は中央集権的な万博と対照的なコミックマーケットというイベントについてお伺いします。

森川嘉一郎⑥

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森川嘉一郎 (もりかわ かいちろう)
明治大学国際日本学部准教授
1971年生まれ。早稲田大学大学院修了(建築学)。
2004年ベネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展日本館コミッショナーとして「おたく:人格=空間=都市」展を製作(日本SF大会星雲賞受賞)。
桑沢デザイン研究所特別任用教授などを経て、2008年より現職。
明治大学において「東京国際マンガミュージアム」(仮称)の開設準備、および米沢嘉博記念図書館の運営に関わる。
著書に『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』(幻冬舎、2003年)など。

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