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Kaichiro Morikawa talk ⑥ "OTAKU culture lecture"

森川嘉一郎対談⑥「オタク文化講座」

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明治大学において「東京国際マンガミュージアム」(仮称)の開設準備、および米沢嘉博記念図書館の運営に関わる森川嘉一郎さんとの対談です!

今回は中央集権的な万博と対照的なコミックマーケットというイベントについてお伺いします。

〈前回までは〉
森川嘉一郎①「『おたく:人格=空間=都市』という画期的なもの。」
森川嘉一郎②「黒幕の意図が介在しているのかいないのかを確認したわけです。」
森川嘉一郎③「科学技術信仰は、大阪万博を象徴的なピークにしてガラガラと崩れていった。」
森川嘉一郎④「おたく文化の基盤の一つとなっている概念が、学校の中で培われているわけです。」
森川嘉一郎⑤「強引に想像してみると、アウトサイダー的な匂いを感じとっているのかもしれないですね。」


文化的なメインストリームから外れたところに広がっている感じです。

平野:森川さんは大阪万博を見ていないでしょ?

森川:まだ生まれていませんでした。

平野:ぼくは小学校6年のときに経験したんだけど、まさに人生最大の事件だった。

森川:ええ。

平野:万博って、あのときのこどもたちに強烈に刷り込まれている。それはもう、ほかとは比べものにならないくらい大きくね。で、そのときのイメージがいまもって抜けないんですよ。

森川:万博が描いた未来のイメージが、でしょうか?

平野:そう。じっさい半世紀後のいまごろには、空飛ぶ車で通勤してるって本気で信じてましたからね。

森川:「未来はどんどんよくなる」という、希望に満ちた、直線的な進歩観ですね。

平野:そう。国民の誰もが疑っていなかった、楽観的な未来信仰みたいなものが、いまも古傷のように残っているんです。

森川:当時はマスメディアの力がいまよりずっと強力で、情報が中央集権的に流されていたということも大きかったかもしれませんね。

平野:インターネットなんてないから、みんなが同じ情報に接していたからね。

森川:テレビが家庭の中心であるお茶の間にあって、それを家族で見るというスタイルになっていたということも、関係しているかもしれません。だからこそ国民的なスターが誕生したり、広く共有された未来像のようなものが形成されたりしやすかったんじゃないでしょうか。

平野:なるほど。

森川:共通の原風景が、世代体験としても成立しやすかったんだと思います。

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平野:でもその後、中央集権が崩れて「輝かしい未来」もどんどん色褪せていく…。

森川:ヴェネツィア・ビエンナーレの「おたく展」では、大阪万博と背中合わせの配置でコミックマーケットを展示しました。国別パビリオンを単位とし、中央集権的な未来観をベースにしていた万博に対し、コミックマーケットというイベントは3万5千もの同人サークルを趣味別に並列配置する構造になっていて、非常に対照的なんです。そこに、3日間で約55万人の参加者が集まります。

平野:3日で55万人? それはすごいな。

森川:出展サークルも基本的にはビジネスではなく、趣味でやっていることですから、大半は同人誌を数十部を頒布できれば御の字。印刷費を除けば、行き帰りの交通費と打ち上げで売り上げが全部なくなっちゃうっていうところが多いと思います。

平野:なかにはすごいサークルもあるんでしょ?

森川:例外的だと思いますが、1日で1万部売ったところもあるようです。

平野:1日1万部? 信じられない! 本が売れない時代になって、大手出版社でも初版2〜3千部がザラだっていうのに。

森川:むしろすごいのは、コミックマーケットだけで年間だいたい8万点の新刊同人誌が発行されているということです。書店に行くとマンガの雑誌や単行本がたくさん刊行されて並んでますが、それらは年間1万数千点です。商業出版物として書店で流通しているものより、発行点数では同人誌の方がはるかに多いんです。

平野:へえ。

森川:つまり、より多種多様なものがそこに広がっているということなんです。それは、コミックマーケットが中央集権的なイベントのつくられ方とは構造的に異なっていることの反映でもあるわけです。

平野:非中央集権的な表現の場として成立してるわけだからね。

森川:それは「おたく文化」の性格でもあるように思います。

平野:コミックマーケットを支持している人たちの意識は、べつに反権力や反体制ってわけではないんでしょ?

森川:そのあたりは、いわゆるカウンターカルチャーと少し方向性が異なるところですね。強いていえば反体制というよりは「非体制」というか、文化的なメインストリームから外れたところに広がっている感じです。

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平野:日本の漫画やアニメは世界に輸出され、異文化のなかにおいても受け入れられてますよね?

森川:はい。

平野:そういった日本の漫画やアニメの強みって、どこから来ていると思われますか?

森川:「日本の漫画やアニメは強い」という説明の仕方ももちろんできるんですが、アニメーション映画ってもともとディズニーが世界的な覇権を築きましたよね?

平野:はい。

森川:ディズニーによって「アニメーション映画=ディズニー的なるもの」っていうイメージが世界的に形成されたわけです。

平野:「白雪姫」とか「ピノキオ」とかね。

森川:そのディズニーアニメに、手塚治虫は強く感化されたといわれています。

平野:手塚治虫の漫画って、絵柄は可愛いものもあるけど、ストーリーはディズニーのそれとはちょっと違いますよね。

森川:そこが重要で、やはりアメリカから流れ込んできた、パルプ雑誌に載っているような様々なSF小説からも、手塚はインスピレーションを得ています。

平野:「鉄腕アトム」につながるような?

森川:「アトム」はディズニーの「ピノキオ」と、アシモフなどのSF小説を掛け合わせたような内容になっています。

平野:おお!

森川:子どものいないゼペットじいさんの願いにより、自分が作った人形のピノキオに、命が吹き込まれる。「鉄腕アトム」も天馬博士が交通事故で失った息子・トビオの代わりにアトムをつくりあげる。

平野:なるほど! ともに人間っぽいけど、人間じゃないし。

森川:ともにそこが物語の軸になっていますが、方向が大きく違うんですね。ピノキオは最終的に人間になることが目的で、良心の発露によって、それを達成してハッピーエンドになります。アトムは人間とロボットの社会の間に立って「正義」を成しながらも、その矛盾や差別に葛藤するところにポイントがあります。

平野:たしかに。

森川:ピノキオも原作の童話は社会風刺的な性格が強いんですが、それをきれいに取り除いているんです。ディズニーは、ヨーロッパの童話を題材にしつつ、そこから性的な要素やグロテスクさを排除することで、非常に衛生的な、「ディズニー的なる」特徴を形成しました。そして、同じアメリカのものでも、ディズニーとパルプ雑誌的なエログロさのあるSFは、少なくとも当時は、アメリカでは別ジャンルだったわけですね。

平野:なるほど。

森川:その、「本国」では混ざらないものが、双方に感化された手塚の中で、独特な形で合成されたわけです。ディズニーのような、衛生的で可愛らしく見えるキャラクターを使って、エログロも入ったハードなSF物語を展開するという。

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平野:そういうプロセスが、次第に日本のアニメや漫画の特徴になっていったと?

森川:手塚はその後の日本の漫画やアニメに大きな影響を及ぼしましたから、そうした手塚の作風や特徴が、そのままディズニーとは異なる日本の漫画やアニメの特徴にもなっていきました。結果としてそれが、「アニメーション=ディズニー的なるもの」というイメージがすり込まれた海外の国々に輸出されたとき、インパクトのある刺激的なものとして浸透したわけですね。その意味で、ディズニーが覇権を築いていたことが、日本の漫画やアニメが強味を持つ、一つの背景になったと考えられます。もちろん、「アニメなのに性的だ」「暴力的だ」と、ネガティブな反応もそれなりに引き起こされました。

平野:反対に、それが印象深く心に残った人は日本アニメを強く支持するようになったということですね。



次回は最終回です。
日本で漫画が愛される理由についてお伺いします。

森川嘉一郎⑦

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森川嘉一郎 (もりかわ かいちろう)
明治大学国際日本学部准教授
1971年生まれ。早稲田大学大学院修了(建築学)。
2004年ベネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展日本館コミッショナーとして「おたく:人格=空間=都市」展を製作(日本SF大会星雲賞受賞)。
桑沢デザイン研究所特別任用教授などを経て、2008年より現職。
明治大学において「東京国際マンガミュージアム」(仮称)の開設準備、および米沢嘉博記念図書館の運営に関わる。
著書に『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』(幻冬舎、2003年)など。

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