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Toshiko's Essay㉑ Face "The person who exceeded a limit"

敏子のエッセイ㉑顔「枠を超えていた人」

理事長ダイニングa_waifu2x_photo_noise3_scale_tta_1

この間の日曜の朝、
何気なくテレビをつけてたら、
いい男が二人、
並んで映っていた。

顔立ちも違えば、
雰囲気もまるで違う。
だがそれぞれに存在感があって、
目を引きつけられた。
いわば面魂というのだろうか。
二人とも、
男なのだ。

それは雅楽の東儀秀樹と、
建築家の安藤忠雄だった。

すぐ出かけなければならなかったので、
二人がどんなことを話したのかは聞き漏らした。
またなんでこんな異色の組み合わせで並んでいたのか、
知らない。
だが思いがけず、
こういう手応えのある顔、
しっかりした自分の世界を持っている個性を
並べて見ることが出来て、
女としての私もふくらんだ。

日曜の朝、
この時間帯は政治家がぞろりと並んで出てくる。
何だか気色の悪い、
チミモウリョウが多くて、
一緒に御飯を食べたくはないなあと思う。
政治の世界だから、
ほんとうのことはなかなか言いにくいのは分かるが、
それにしてもぬけぬけとしらじらしい。

顔はすべてを物語る。
ごま化しても、
それがちゃんとあらわれるし、
うまくごま化して、
してやったりと思っているらしいのも、
うまくやってる分だけいやらしく映る。
こちらに経験があるなし、
裏を知ってるなんてことにかかわらず、
おおまかな筋は
一般の人に間違いなく見えてしまうのだから、
面白いではないか。

これもテレビ時代、
映像の時代だからなのだろう。

新規ドキュメント 2017-03-09_1
昔、パリ大学から映像人類学の創始者ともいえる
ジャン・ルーシュ教授が、
岡本太郎を撮影に来た。
彼は自分でカメラを廻しながら、
矢継ぎ早にぽんぽん質問をぶつける。

ルーシュ独特の方法論があって、
社会内の人間には
その人の地位、役割、ステータスに応じて、
定まった距離感がある。
他をその圏外に置くことによって、
威厳とか品格を保っている。
それが昔の王様だと、
100メートルだったり、
大臣だと何十メートル、
小さな部族の長だと何メートルという風に、
伝統や慣習によっても違うが
それぞれに定まっている。
その圏の中に踏み込まれてしまうと、
威厳を保つことが出来なくなって、
バラバラ。
素肌をさらけ出す、
というのだ。
彼はこの手法を使って、
アフリカの部族の長のドキュメンタリーなど、
ユニークな成果をあげている。

そのテで、
カメラを構えて岡本太郎に迫る。
息つく暇なく質問しながら、
どんどんどんどん寄って来て、
顔面30センチくらいまで。
普通だとそれで誰でも殻を突破されて、
シドロモドロになる筈らしいのだが、
太郎は全然動じない。
早口のフランス語で自分の哲学、
思いを語って語って、
ルーシュさんを呑み込んでしまう。
平気で笑ったり、
逆に質問を投げ返したり、
時に憤然として怒鳴ったり。
まったくいつもの岡本太郎そのものなのだ。

この作品はとても好評で、
イタリアのアゾロの映画祭で賞を取った。
ルーシュはこんな人は初めてだ、
とびっくりしていたが。
岡本太郎は精神のみの人で、
いつもぽっぽと燃えているから、
顔なんか問題ではないのかもしれない。

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