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Mitsuru Kuramoto talk ① "Discover" than "Laugh"! "

倉本美津留対談①「”笑い”よりも”発見”を!」

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数々の番組で革新的な笑いを創造してきた放送作家の倉本美津留さんとの対談です!
第一回はあの伝説の深夜番組『平成日本のよふけ』について伺います。

倉本美津留②「そこに『自由でいい。好きなようにやればいいんだ!』というようなことが書いてあった。」
倉本美津留③「1つの魂が2つに分かれて、またひとつになったみたいです。」
倉本美津留④「個人の脳から湧き出たことをちゃんと可視化するっていう…」
倉本美津留⑤「いったいここに“なにがないのか?”を考えるのが好きなんです。」
倉本美津留⑥「他ジャンルの人から受けるというのが正しいと思っているんです。」
倉本美津留⑦「自分が生きているあいだに、世界のおもしろい選択肢が自分のぶんだけ増えていないと。」
倉本美津留⑧「「足りないものに気づいちゃったから、気づいた人間がそれをやるしかない。」


ぼくは勝手に「岡本太郎チルドレン」だと思ってます。

平野:今日は、長年にわたってダウンタウンのブレーンを務めるなど、放送作家として第一線を走りつづけている倉本美津留さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。

倉本:よろしくお願いします。

平野:倉本さんといえば、前例のないトンガった企画や実験的な企画を次々とモノにしてきた人。しかも裏方としてテレビ・映画・舞台を企画構成するかたわらで、ミュージシャン、絵本作家、映像監督など、自身が多面的な表現者でもある。いったいこの人の頭の中はどうなっているんだ、って話です(笑)。そんな倉本さんの発想のメカニズムをぜひとも知りたいと思ってお招きしたんです。

倉本:お手柔らかにお願いします!(笑)

平野:倉本さんとはこれまで何度かお目にかかってはいるんだけど、なぜかきちんとお話するチャンスがなくて。

倉本:ほんと、考えてみれば不思議ですよね。接点はいくらでもあったはずなのに。

平野:倉本さん、たしか1959年生まれですよね?

倉本:1959年の6月です。

平野:同い年ですよ。ぼくは2月で早生まれだから、学年はひとつ上だけど。

倉本:あ、そうですか。

平野:てことは、大阪万博のときは小学校5年だったでしょ?

倉本:そうです。

平野:浦沢(直樹)さんとおなじだ。

倉本:そう、そう。浦沢少年は万博に行けなくて、それが『20世紀少年』につながったわけだけど、ぼくは何度も行きましたよ。なにせ大阪育ちなので。

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平野:万博体験って、強烈だったでしょう?ぼく自身がそうだったから、よくわかる。

倉本:そりゃもう。ぼくは「太陽の塔ショック」を思いっきり浴びてますからね。当時は落ちこぼれっていうか、普通の考え方についていけない少年で…

平野:うん(笑)。

倉本;でも太陽の塔を見たとき、「なんだ、大丈夫やんけ!」って思えた(笑)。

平野:万博に特別な愛情をもっている人間っていろんな世界に生息しているけど、そのほとんどが、ぼくたちを挟んだ前後数年の間に生まれた世代なんですよね。

倉本:あっ、言われてみれば、たしかにそうかも。

平野:ぼくたちから数年上の高校生とか大学生だった世代は、「万博なんて70年安保から国民の目をそらせるための政府の陰謀だ! 万博反対!」なんて息巻いてたし…

倉本:(笑)

平野:数年下の幼稚園だった世代は、「行ったけど覚えてません」。小学校高学年だったぼくたちをセンターにして、十年くらいの幅で生まれた少年だけが、なんの疑いもなく、ピュアに「万博スゲー! カッケー!」って思えた。だから、その世代はいまも万博が忘れられないんですよ、あまりに衝撃的だったから。

倉本:ぼくも思いっきりド真ん中です。めちゃめちゃ自分のクリエイションのヒントをもらえているというか、自信をもらえたのがあの出来事で。あんな体験はあれ以降ないですね。

平野:まったくそう。ぼくにとって大阪万博は人生最大の事件です。

倉本:太陽の塔をこどもの頃に見て、バァンと自分の記憶に刻まれたことで、中学や高校になっても「やっぱり太陽の塔は原点だったな」みたいに思い出して。

平野:ああ、わかる。

倉本:元々は先に大屋根があって、それを太郎さんが突き破ったっていうのがあとになってわかった。「そっからかい!」と。もう大感動です。

平野:うん(笑)。

倉本:知らず知らずのうちに〝岡本太郎〟を浴びてたんだって、最近つくづく思うんですよね。

平野:そうそう。〝見る〟んじゃなくて、〝浴びる〟って感じはよくわかる。太陽の塔もそうだし、《明日の神話》もそう。

倉本:とにかくデカいところもいい。ぼくは勝手に「岡本太郎チルドレン」だと思ってます。

平野:そういう人、多いかもしれないな。

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倉本:〝岡本太郎〟を知る前から、太陽の塔で浴びて。あとになってどんどん、「あの作品もこの作品もやっぱりこの人なんだ!」っていうことがわかってきて。さらに生い立ちから育ち方から…

平野:すごいと。

倉本:そうです。そんななか、『平成日本のよふけ』という番組を立ち上げるチャンスが来たんですよね。

平野:あの番組はおもしろかった。好きでよく観てました。

倉本:ありがとうございます。最初は「正月の特番になんかない?」みたいな、ざっくりとしたオファーだったんですよ。そのとき、「普通はテレビに出ない人が出てくる」っていう大前提と、「MCは、誰が出てくるかわからない状況のなかで番組を回さねばならない」っていうアイデアを…

平野:え? あれって、MCのふたり(笑福亭鶴瓶・香取慎吾)は、誰が出てくるのか、スタジオの扉が開くまでほんとうに知らなかったんですか?

倉本:そうです。

平野:えっ、ほんとに?

倉本:はい。

平野:すごい!

倉本:そんな風にやることで新しいトーク番組ができるはずだと提案したら、企画が通っちゃって。で、特番を1回やったんです。

平野:常識の真逆だもんなあ。すごいなあ。

倉本:特番のときには小泉純一郎さんが総理大臣になる前に出てもらったりしたんです。「おもしろい人がいるから」って。

平野:あのころの小泉さん、たしかにヘンでしたもんね。

倉本:それがのちに『平成日本のよふけ』という番組になったときに、あまりテレビには出ないけれどすごいことを成し遂げた人、しかもある程度の年齢で若い世代に言葉を残せる人に出ていただこうとなった。

平野:その人だけのメッセージを持っている人ですね。

倉本:そうです。ぼくは「隔世」が大事だと思っていて。おじいちゃんと孫の関係です。

平野:たしかに1世代あいだが開いているくらいの人から言われる言葉って、説得力あるもんなあ。それって、ぼくたちが無意識のうちに求めていることなのかもしれませんね。

倉本:そうなんです。そういうことを前提に、若者に向けた番組をつくりましょうってことで、『平成日本のよふけ』がはじまったんです。

平野:おもしろいなあ。

倉本:それでわりと初期の頃に、岡本敏子さんに出てもらおうと思って、早めにお声がけしたんですよ。太郎さんのことをなにか形にしたいと思っていたこともあって。



次回は倉本さんと岡本太郎が番組で……!
お楽しみに。

倉本美津留②「そこに『自由でいい。好きなようにやればいいんだ!』というようなことが書いてあった。」

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倉本美津留
1959年広島県生まれ、大阪府育ち。
『EXテレビ』『現代用語の基礎体力』など画期的な深夜番組を次々と生み出す。
90年代半ばから拠点を東京に移し、
「ダウンタウンDX」、「シャキーン!」や、アート番組「アーホ!」などを手がける。
これまでの仕事に「ダウンタウンのごっつええ感じ」「M-1グランプリ」「伊東家の食卓」「たけしの万物創世記」などがある。
近著にことば絵本「明日のカルタ」「ビートル頭」「倉本美津留の超国語辞典」など。
ミュージシャンとしても活動中。

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