Talks

Mitsuru Kuramoto talk ② "Discover" than "Laugh"! "

倉本美津留対談②「”笑い”よりも”発見”を!」

P1660610

数々の番組で革新的な笑いを創造してきた放送作家の倉本美津留さんとの対談です!

〈前回までは〉
倉本美津留①「ぼくは勝手に『岡本太郎チルドレン』だと思ってます。」

二回目は倉本さんと岡本太郎へのオファーについてお伺いしました。

そこに「自由でいい。好きなようにやればいいんだ!」というようなことが書いてあった。

平野:倉本さんは太郎と番組で一緒になったことはないんですか?

倉本:かなり前のことになりますけど、仕事でちょっとだけお手伝いしてもらったことがあるんです。『EXテレビ』っていう番組なんですけど。

平野:ああ、あの番組もおもしろかった。上岡(龍太郎)さんは唯一無二の天才だと思いました。

倉本:あれも「テレビを壊そう」っていう思いでつくってたんです。テレビをいかにして既成概念ではないものにするかってことを考えて。つまりは太郎さんになったような気分で…(笑)。

平野:なるほど。太郎イズムを受け継ごうと。

倉本:その中でタレントが絵を描く、「タレント絵画オークション」みたいな企画をやったことがあるんですよ。で、そのときジミー大西に、はじめて絵を描いてみてもらったんです。

平野:あ、そうなんだ! 知らなかった。画家・ジミー大西の出発点は『EXテレビ』だったんだ。

倉本:上岡さんや島田(紳助)さんも絵に興味があったんで、ふたりの絵もオークションに出したんだけど、いろんな人間が描いたほうがおもしろいだろうってことで、ジミー大西にも発注したら、それがいちばん高く売れたんです。

平野:へえ。

倉本:ああ、これはジミーを勘違いさせたほうが良いなと思って…

平野:(笑)

倉本:悪ノリして、次の週に「ジミー大西は天才である!」っていうタイトルをつけて番組をつくったわけです。で、そのとき、ダメモトで太郎さんにジミーの絵を見て欲しいとお願いしたんですよ。そうしたら、
なんと快諾してくださって。

平野:その頃は体調も良くなかっただろうに。おもしろいと思ったんだろうな。

倉本:見てもらって、お手紙をいただいたんですが、そこに「自由でいい。好きなようにやればいいんだ!」というようなことが書いてあった。それを見たジミーは大興奮して、けっきょく画家になっちゃった。

平野:なるほど。「太郎から〝画面をはみ出せ!〟と手紙をもらった。それがきっかけで画家になろうと決めた」っていう有名なエピソードは、そのときの話なんですね。そうか、その話も『EXテレビ』だったんだ。

P1660343
倉本:そうです。そんなこともあって、仕事のオファーはできたんですけど、けっきょく太郎さん本人には会えずじまい…。で、のちに敏子さんに『平成日本のよふけ』に出ていただいたという流れです。

平野:あれはほんとうに良い番組だった。敏子はいつものように話しているだけなんだけど、なぜかスタジオが特別な空気になって、客席にいた女の子やアシスタントの子まで感動して泣きはじめた。

倉本:そうでしたね。

平野:あのビデオを見せると、たいていの女性は涙ぐみますよ。敏子の言葉って、女性にものすごく響くらしくて。

倉本:その縁で敏子さんとお知り合いになれたんですが、とはいっても、番組に出ていただいただけなので、親しくなったわけではありませんでした。でもあるとき、レセプション会場かどこかで敏子さんにご挨拶したら、「あぁ、あの番組ね、すごく良かったわ!ありがとう!」って握手してくれて。「うちに遊びに来て!」って。

平野:あ、じゃあ、この部屋に遊びに来たことがあるんですね?

倉本:2度ほどここで敏子さんと語りあっているんです。

平野:そうですか。そのときはどんな話を?

倉本:太陽の塔をきっかけに、自分がどれだけクリエイティブになれたか、みたいな話をしたんじゃなかったかな。

平野:それは敏子が喜んだでしょう。

倉本:はい。そのときの話ですごく印象的だったのが、「少し前におもしろいなって思う若い芸術家の子たちを集めてグループ展みたいなことをやった」と。「好きで集めただけなのに、打ち上げで話をしていたら、それぞれの子がみんな太陽の塔に影響を受けて、アートをはじめていたことがわかったのよ!」って。

平野:うん。

倉本:ぼくも興奮して「それ、わかります!そりゃ、そうなりますよ!」ってすごく盛り上がった。

P1660362
平野:それっていつ頃の話ですか?

倉本:亡くなる数年前だったと思います。お元気でした。そう言えばメキシコから《明日の神話》を持って帰るっていうときにも、日テレの土屋(敏男)さんたちと大きな仕事をされたじゃないですか。

平野:はい。

倉本:「オレも関わりたかったな」って見ていたんですけど、あれを日本に持って帰ってくるタイミングで敏子さんが亡くなられたことが、ほんとうに人生を全うされたなって思って。

平野:そうですね。

倉本:太郎さんのことが大好きで、「太郎さんはいまもいるし!」って。「ずっと一緒にいるんだから、やれることはいっぱいあるわ!」って仰っていて。それでやることをちゃんと終えられて……。

平野:早いもので、亡くなって12年になります。あの笑顔をいまもよく思い出すんですけど、なぜかほかの人に比べて映像の解像度が極端に鮮明なんですよね、敏子は(笑)。



次回は敏子の思い出について語ります。

倉本美津留③「1つの魂が2つに分かれて、またひとつになったみたいです。」

P1660669
倉本美津留
1959年広島県生まれ、大阪府育ち。
『EXテレビ』『現代用語の基礎体力』など画期的な深夜番組を次々と生み出す。
90年代半ばから拠点を東京に移し、
「ダウンタウンDX」、「シャキーン!」や、アート番組「アーホ!」などを手がける。
これまでの仕事に「ダウンタウンのごっつええ感じ」「M-1グランプリ」「伊東家の食卓」「たけしの万物創世記」などがある。
近著にことば絵本「明日のカルタ」「ビートル頭」「倉本美津留の超国語辞典」など。
ミュージシャンとしても活動中。

Articles

Special Feature

Channel Taro TV

Read More
:: March 21, 2017

《門扉》制作風景

Read More
:: November 30, 2016

《樹人》制作風景!

Read More
:: August 3, 2016

《五大陸》制作