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Toshiko's Essay㉒ Even if "there is country bearing a child memory" on a mythical day

敏子のエッセイ㉒神話の日「国生み記念、あっても」

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二月十一日は昔の紀元節だ。
「クーモニソビユル、タカチホノー」
と雅楽調の紀元節の歌を
歌った思い出を持っている人は
もう少ないだろうが。

建国記念日論争をはじめ、
戦後、様々の論議の的になった
曰く因縁の日。

近頃、祝日を第何々曜日と、
曜日できめる制度もできている。
ことしの「建国記念日」は、
十一日の記念の日が
日曜日と重なったため、
翌日が振り替え休日となり連休となった。
これでは祝日という
記念の日が薄らぐようで
何だかおかしい。

祝日というのは、
何の日という「日」に
意味があると思うのだが、
曜日にスライドしたので、
成人の日は八日。
来年は十四日になるらしい。
こんな風にくるくると移動したのでは、
祝日の意味もヘッタクレもないのではないか。

出来るだけお休みをふやしてあげましょう
という政府の親心かもしれないが、
それならばもっとあっさり週休何日とした方が、
明朗でいいのではないか。

「日本」の建国はいつなのかという問題は、
網野史学と呼ばれる
網野善彦氏の日本論でも、
最も力をこめて語られる。
「紀元はニセーンロッピャクネン」
と歌わされた、
神武天皇が史実にないことは、
もう学会でも誰も異論を唱える人はいないだろう。
七世紀末、ヤマトに派遣を確立した天武朝の頃、
「日本」という国号が定まり、
対外的にも使われだしたということだ。

これ以前は「日本」とはいえない。
この列島の文化、
ここに住んでいた人々、
とは言えても
「旧石器時代の日本」とか、
五千年も前に日本にはこんな素晴らしい縄文文化があった、
などと言うのは間違いだということになる。

そうなると、われわれの習って来た
「歴史」とはいったい何なのかしら。

新規ドキュメント 2017-04-27
戦前・戦中はともかくとして、
戦後、世界にひらかれた、
民主的な教育と大威張りでやって来た。
けれど日本人は自国について、
ちゃんとした「歴史教育」というものを受けていない、
としたら情けない。

二月十一日を建国記念の日と定めたり、
日本は神の国などと
偉い人が恥ずかしげもなく言ったり。

私は数ある記念日の中に
「神話の日」があったって
ちっともかまわないと思う。
もしそれを定めるのなら、
建国なんて堅苦しいのでなく、
天地(あまつち)のはじめ、
まだ国が稚(わか)くして
海月(くらげ)なす漂える時、
天の浮橋の上に立った神が
矛でこおろこおろと海をかき廻し、
したたった潮が固まって島になったとか。

また、イザナギ・イザナミ男女の神が
柱のまわりを廻ってパッと見つめあい、交わる。
国生みの神話。
ああいうおおらかなエロティシズムを
みんなで祝いたい。

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