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Talk event " Bell of the Sun Why Maebashi? "

トークイベント「岡本太郎『太陽の鐘』がなぜ前橋に?」

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先日、修復・再生したうえで、群馬県前橋市に移設されることが発表された岡本太郎の《太陽の鐘》。

11月を目処にお披露目される予定です。

《太陽の鐘》は1966年に制作されたもので、高さ約6.5メートル。

日本通運が1966年に静岡県内に開設したレジャー施設「日通伊豆富士見ランド」に設置されましたが、99年に閉園した後は非公開となり、幻の作品と呼ばれていました。

岡本太郎は開園直後の新聞広告(日産セドリック)のなかでこう語っています。

《自然に挑み、対立する――ここに芸術の感動が生まれる》

芸術のよろこびは自然をうつすのではない。自然に挑み、緊張的に対立するところに生まれるのだ――そう私は考えます。

先日、私は伊豆の山の上に太陽を象徴した、この大釣鐘「太陽の鐘」を造り上げました。日本を代表する富士山と駿河湾の景色をバックに、頭頂に太陽をいただき、周囲に生命を讃えて躍動する群像を配した「太陽の鐘」。この巨大な造形、壮大な鐘音が、伊豆の山々に力強く響きわたっています。

この作品が半世紀の時を経てなぜ群馬県前橋市に?

きっかけは、生前の岡本敏子が親しくつきあい、《明日の神話》再生プロジェクトでも大きなサポートをしてくれた糸井重里さん。昨夏に前橋が官民協働で策定したまちづくりビジョン「めぶく。」にかかわった縁で、地元の街づくり支援団体「太陽の会」の田中仁会長(JINS社長)と岡本太郎財団を引き合わせてくれたことから、街づくりのシンボルとして《太陽の鐘》が嫁入りすることになりました。

平野暁臣館長は寄贈の理由について「若い創造力に賭けるという我々の価値観、行動原則と太陽の会が目指しているアクションは通底する」と話しています。

田中会長は「人々の交流の起点になり、街が本質的に変わるきっかになれば」と期待を寄せます。

また糸井さんは「『なんだ、これは!』というのが岡本太郎の芸術の定義。(街の再生に)雷のような効果があればいいなと思う」と話しました。

一般公開は20年ぶりとなるこの作品。
太陽の鐘とは、どんな作品なのか。
そしてこの伝説の作品の寄贈先になぜ前橋が選ばれたのか。

6月7日(水)、移設先のデザインを手がける世界的な建築家・藤本壮介氏と岡本太郎記念館館長・平野暁臣が、このプロジェクトについてはじめて語ります。

会場は前橋テルサで、19:30から。
お近くの方はぜひお越しください。

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入場無料。
問い合わせは、
info@machinaka.agency(前橋まちなかエージェンシー)

 

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