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Mitsuru Kuramoto talk ⑧ "Discover" than "Laugh"! "

倉本美津留対談⑧「”笑い”よりも”発見”を!」

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数々の番組で革新的な笑いを創造してきた放送作家の倉本美津留さんとの対談です!

〈前回までは〉

倉本美津留①「ぼくは勝手に『岡本太郎チルドレン』だと思ってます。」
倉本美津留②「そこに『自由でいい。好きなようにやればいいんだ!』というようなことが書いてあった。」
倉本美津留③「1つの魂が2つに分かれて、またひとつになったみたいです。」
倉本美津留④「個人の脳から湧き出たことをちゃんと可視化するっていう…」
倉本美津留⑤「いったいここに“なにがないのか?”を考えるのが好きなんです。」
倉本美津留⑥「他ジャンルの人から受けるというのが正しいと思っているんです。」
倉本美津留⑦「自分が生きているあいだに、世界のおもしろい選択肢が自分のぶんだけ増えていないと。」


最終回です。
倉本美津留さんの未来についてお伺いします。

足りないものに気づいちゃったから、気づいた人間がそれをやるしかない。

平野:ぼくたちはまもなく還暦。人生の残り時間を考える年齢になった。倉本さんはこれからの自分をどんなふうに考えてます?

倉本:折しも最近、自分の中で決めたことがあるんです。人にもちゃんと言うようにしているんですけど、それは「倉本美津留の第2章がはじまった」ってことです。

平野:おお!

倉本:自分の表現をしっかりつくろう、それを自分の責任のもとでしっかり出そう、って考えていたこどもだったのに、それができずにずっと人生を送ってきたわけです。50代半ばまで。

平野:なるほど。

倉本:さぁ、いまからオレはオレの表現をやるっていうことにもう1回立ち戻って、倉本美津留はなんなのか? ってことをしっかりやる。もちろん不安だし、大変だし、それで経済は成り立つのか? っていうこともあるんですけど、そこに行くタイミングが来たと考えているんです。だからいまはカラ元気で「未来は明るい!」って思いながら生きてます。挑戦的なことをどんどんとやりはじめようって。

平野:ああ、いい話だな。

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倉本:ぼくは太郎さんが年いってからスキーをはじめたっていう話がすごく好きで。

平野:たしか46歳です。

倉本:年齢なんか関係ない。一からはじめればいい。そう考えることがチャンスになるって思うんですよ。

平野:うん。

倉本:足りないものに気づいちゃったから、気づいた人間がそれをやるしかないって思うようにしているんです。

平野:気づいたものをちゃんと世に出すことが自分の仕事だと。

倉本:そうです。そういうことを、これまではテレビでやってきたわけですけど、これからはメディアにこだわらず、あるいは国境を越えるようなこともやらないといけないなと思っています。もちろんこれからもテレビでできることはきちんとやっていきますけどね。

平野:自分でジャンルを縛る必要はないですもんね。専門家になる必要もないし。

倉本:だいいちぼくはなんの専門家でもないですから。

平野:(笑)

倉本:なんかね、もう空気みたいな……。

平野:(爆笑)

倉本:目に見えないものを引っ張ってきて、目に見えるようにして伝えたいって思って、ずっとやっているところがあるんですよね。

平野:あぁ、わかるな。

倉本:そうだ! 平野さんに言っておきたいことがあったんだ!

平野:えっ、なに?(笑)

倉本:芸術家の引き継ぎ方っていろいろあると思うんですけど、なんか残念な場合もあるじゃないですか。遺族が守りに入るとかね。

平野:ありますね。

倉本:Chim↑Pomが《明日の神話》に絵を付け足したとき、ぼくは「めっちゃおもしろい。ナイス!」って思ったんですよ。でもニュースでは犯罪扱いされ、彼らが名乗り出たあとはバッシングの嵐だった。

平野:そうでしたね。

倉本:そのとき平野さんはどう思われているのかな?って思って、新聞かなにかのコメントを読んだんです。そうしたら「あれはイタズラなんかじゃなくアートだ」みたいなことが書かれていて。最終的にはこの記念館でChim↑Pomとのコラボレーション展にまで展開していったわけじゃないですか。

平野:やりましたよ、『パビリオン』というタイトルをつけて。

倉本:最高やな!って思って(笑)。

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平野:(笑) Chim↑Pomは太郎の遺骨を大阪万博の「月の石」に見立てた作品をつくった。おもしろかったですよ。あっ、そうだ、あのとき倉本さん、レセプションにいらっしゃったじゃないですか。

倉本:ああいうのを見るにつけ、太郎イズムが完璧に生きてるって嬉しくなるんですよ。敏子さんが亡くなられても、平野さんがもっとやっているっていう感じがね。(タナカ)カツキにも「コップのフチの太陽の塔」をつくらせたり、もうむちゃくちゃじゃないですか(笑)。

平野:ぼくは後継者でもなんでもない。役回りは〝岡本太郎〟のマネージャーってところです。

倉本:〝オカモトワールド〟のプロデューサーみたいな感じですよね。

平野:太郎に〝触る〟ときに考えていることはじつにシンプル。岡本敏子の意志、感覚、美意識をそのまま受け継ごうってことだけです。

倉本:なるほど。

平野:ぼくが敏子から引き継いだミッションは、〝岡本太郎〟を次の時代にきちんと伝えること。ただそのときに、太郎を神棚にまつって、「こんな偉大な芸術家がおりました。さあ皆さん、拝みましょう」なんて柏手を打ったって、とうぜん太郎も敏子も喜ばないわけですよ。

倉本:でも、普通はそうなりがちじゃないですか。

平野:大事に大事に桐箱に入れて、「寄るな、触るな、ツバもかけるな」みたいなことをやったら、太郎の芸術観を伝えることはできません。ていうか、真逆のメッセージを届けることになってしまう。

倉本:そうですよね。

平野:敏子はいつも「岡本太郎は死んでいない。ほら、ここにいるでしょ?」って言ってました。死んでないのであれば、いまも生きているっていうこと。つまりそれはぼくたちにアクティブに働きかけてくる存在だってことだから…。

倉本:作品だってどんどん更新されていいし、またそうあるべきですよね。

平野:そうです。肉体としての太郎はたしかに滅んでしまった。でももし精神は生きているんだとすれば、いまを生きる若いアーティストと太郎を両親に持つ次世代のこどもを産ませたっていいはず。若い人たちを触発し、刺激し、挑発すること。それがいま現在の〝岡本太郎〟の芸術活動です。

倉本:なるほど。よくわかります。でもぼくはそんなふうに受け継いでいる例を他に知らない。やっぱり平野さん、すごいなあ。一度ゆっくりお話したいとずっと思っていたので、今回はほんとうにいい機会をもらいました。ありがとうございます。

平野:こちらこそありがとうございました。楽しかったです。



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倉本美津留
1959年広島県生まれ、大阪府育ち。
『EXテレビ』『現代用語の基礎体力』など画期的な深夜番組を次々と生み出す。
90年代半ばから拠点を東京に移し、
「ダウンタウンDX」、「シャキーン!」や、アート番組「アーホ!」などを手がける。
これまでの仕事に「ダウンタウンのごっつええ感じ」「M-1グランプリ」「伊東家の食卓」「たけしの万物創世記」などがある。
近著にことば絵本「明日のカルタ」「ビートル頭」「倉本美津留の超国語辞典」など。
ミュージシャンとしても活動中。

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