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Toshiko's Essay㉓ Young generation "the future now 'explosion' "

敏子のエッセイ㉓若い世代「将来でなく、いま‘’爆発だ‘’」

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昨日、 2月26日は岡本太郎の誕生日。
元気なら丁度、 90歳になるところだった。

亡くなって5年、
不思議なことに誰も彼がいなくなったと思っていないようだ。
本は次々と出るし、 様々な切り口で展覧会は企画されるし、
改めてその存在の意味が見直され始めようとしている。

去年、岡本太郎の沖縄という凄い写真集が出た。
これをきっかけにカメラを通して“岡本太郎の見たもの”がクローズアップされ、
4月から川崎市岡本太郎美術館を皮切りに、日本発見の写真展がひらかれる。

これとは別に文化人類学者の山口昌男さんは、
札幌で「岡本太郎の沖縄」の写真展をひらこうとしているし、
港千尋さんが岩波書店から出した「予兆としての写真」という
ユニークな評論集にも岡本太郎の写真が重要な一章を占めている。

岡本太郎は写真を撮ろうとしたのではない。
あくまでも“岡本太郎の眼”彼の見たもの、見ているものを
ストレートに伝えようとしているだけなのだ。
それが強い。衝撃的だ。
ほとんどの人が岡本太郎があんな写真を撮っていたなんて知らないから、
びっくりされるだろう。

文筆家としての彼も「岡本太郎の本」全5巻が3版、4版を重ねているし、
また新しく「リリカルな自画像」という文学的なエッセイ集も出る。
尖鋭な思想家としての硬質な主張とは違った、
詩人であり、ダンディで、無邪気で、色っぽくもある太郎さんの魅力があふれ出ている。

新規ドキュメント 2017-05-30_1
この頃、岡本太郎にひかれている人たちが
10代から20代そこそこの、
彼の生前の活動を知らない世代に移って来ているのも面白い。
「今日の芸術」だとか「芸術は爆発だ!―岡本太郎痛快語録」というような本を、
いまさし出された自分たちへのメッセージとして熱い共感で読み、美術館に来る。
作品に触れ、鳥肌が立つ、びりびりとふるえがくる、と言う。
そして凄いエネルギーを貰う、元気になった、と眼を輝かすのだ。

成人式で行儀が悪いとか、
電車の中や街でのマナーが滅茶苦茶だとか、
とかく批判されがちの彼らだが、
一人一人は真面目で、自分の生き方を真剣に考えている人が多い。
だが、自分は本当は何をしたいのか、
どっちに向いて歩き出したらいいのか、
それが分からない。

こういう人ほど“自分らしく生きたい”と言う。
それにはどうしたらいいのか。
こんなことをしていては自分らしく生きられないのではないか。
真面目なだけに純粋だけに悩むのだ。
遠くの方に漠然とある“自分らしさ”に生の重心がかかってしまい、
現在は空しくなっている。

空っぽとは言わないけれど、
先のことや過去にこだわったって自分は生きない。
こういう時に岡本太郎さんの書いたものを読み、
その人間像にどんとぶつかれば、救われる。

将来なんてクソクラエだ!過去もない未来もない。
いま、この瞬間に爆発する。
無条件、無目的に。
「芸術は爆発だ」というのは言葉ではない。
彼はそう生きた。
全存在として岡本太郎なのだ。

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