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5th Ishii Takumi ①

第5回 石井匠①

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岡本太郎をリスペクトする著名人の方々に、太郎への思いを思う存分語っていただきます。

第五回目は國學院大學博物館学芸員、岡本太郎記念館客員研究員で、2016年岡本太郎記念館企画展「生きる尊厳-岡本太郎の縄文-」をキュレーションをされた石井匠さんです。

じつは、ぼくは岡本太郎と直接合ったことは一度もないんです。

はじめて岡本太郎のことを知ったのは、
彼が1996年の1月に亡くなった、
その年末だったか翌年の初めだったか。

関口宏さんが司会の『知ってるつもり?!』っていうテレビ番組があったんです。その番組で岡本太郎が取り上げられて、そこではじめて岡本太郎という存在を知りました。

これが、ぼくの人生の大転換点です。

テレビを見ていて、度肝をぬかれました。
「こんなスゴイ日本人がいたんだ!」って。

『知ってるつもり?!』という番組は、毎週家族と見ていたんですが、それまで衝撃をうけて興奮したことは一度もなかったんです(笑)。

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「すごいすごい!なんなのこの人?」って両親に聞いても、ぼく以外はしらけていました。

おそらく父も母も、バラエティー番組に出ている岡本太郎を見ていたんでしょうね。当時は奇人変人の扱いを受けていたらしいです。

親には即座に「変人だから影響をされるな」って言われました(笑)。それが当時の岡本太郎に対する一般的なイメージだったんですね。

でも、ぼくは両親に「なに言ってんの?すごい人じゃん!」っていいながら、テレビにかじりついていました。

当時、ぼくはたしか高校3年生だったので、受験勉強をしている最中だったのですが、番組を見た翌日には、地元の図書館に行って、岡本太郎の本を探していました。

そうしたら、講談社から出版されていた『岡本太郎著作集』(全9巻)があって、それをかたっぱしから借りて読んじゃった。受験勉強そっちのけで(笑)。

そこから人生が一変しました。中学時代はふつーのまじめな生徒会長でした。そのまま高校時代をすごして、卒業まぎわに岡本太郎にイカレはじめたんです・・・(笑)。

それまで芸術なんて、まったく興味もなかった。ただ、手先を動かすものづくりは好きでした。

中学時代、美術部に入っていましたが、岡本太郎のいう「芸術」とはかけ離れた場所にいました。高校時代はバドミントン部です(笑)。

絵を描いていた中学時代も、指導者のいない美術部で、だれも技術を教えてくれなかったので、油絵具の使い方すらわからないまま、せこせこと誰かのまねをするだけの絵を描いていたりして。描いて公募にだすと賞をもらえたので、それが嬉しいってだけでした。

それまで絵描きになりたいとは思ったことはなくて、ぼくは考古学者になりたいと思っていたんです。

それも小学校4年生くらいのときに見たテレビの影響なんですが(笑)。

当時、エジプト考古学で有名な吉村作治さんが、エジプトの発掘をしている番組が放映されていました。

それを見ているうちに「考古学っておもしろいな。ぼくも考古学やりたい!」って思うようになったんです。

もちろん、やるならエジプト考古学だって決めていました。思いこみのはげしい方なので(笑)。

それで中学生になったときに、親に頼み込んで会費を払ってもらい、吉村さんが主催していたエジプト好きが集まる「ピラミッドクラブ」に入会しました。

吉村さんが講演するところにはなるべく行って、講演を聴いたり、本にサインをもらったり、ほとんど吉村作治さんの追っかけでしたね。

後年、岡本太郎の《明日の神話》がらみで、吉村さんが出演していたNHKの番組収録の合間に、喫煙所でごいっしょしたんです。

そこで憧れだった方に考古学で学位をとれたことを報告できたのは、不思議な縁を感じました。

まぁとにかく、中学時代は岡本太郎どころか美術にもぜんぜん興味はなかったんです。

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いま、自分が専門のひとつにしている「縄文」という言葉との出会いも、岡本太郎との出会い以後です。

岡本太郎の本を読んでいると、「縄文」って言葉がやたらと出てくるんですね。

でも、当時は「縄文」なんて日本史の教科書の冒頭で、ほんの少しだけ触れる程度。今もそうだと思うけれど、受験では絶対に出題されない範囲。だから、「縄文」は気にもならなかった(笑)。

とにかくエジプト考古学に夢中だったので、吉村先生のいる早稲田大学が第一志望だったんです。

が・・・スベル、スベル。
他の大学もぜんぶスベリまくり・・・。

勉強せずに、太郎さんの本ばかり読んでいた自分が悪いんですが、考古学専攻のある他の大学もぜんぶ落ちて、けっきょく、浪人することになりました。

あ、そうだ。受験したとき、どれだけぼくが岡本太郎かぶれだったかがわかる笑い話があります。

高校の世界史の先生に「エジプトに近い考古学を学ぶなら国立はどこがいいか」と相談したら、「考古学をやりたいなら筑波大学だ」って言われたので、受けたんですね。

センター試験はクリアして、その後の面接のときに、「あなたの好きな本はなんですか?」って聞かれたんです。

太郎かぶれのぼくは、当時、唯一売っていた岡本太郎の『自分の中に毒を持て』(青春出版社)をカバンの中に忍ばせていたんです。

受験面接一問一答みたいな本を読んで、そういう質問がくるだろうと思っていたので、「待ってました!」とばかりに本を出して面接官に対して語りまくるわけです。

「みなさんは岡本太郎を知っていますか?」なんて上から目線で面接官たちに、岡本太郎についてとうとうと語ったんですけれど、失笑されただけでした。

まぁ当たり前ですが・・・。イタイ感じです(笑)。

いま思えば、あのとき受験に失敗していなかったら、別の人生を歩んでいたかもしれません。

面接官の方々に、落としてくださって、ありがとうございました、とお伝えしたいです(笑)。



次回は受験に失敗し、浪人生になった石井さん。
その鬱々とした日々に射し込む光が!

石井匠②

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石井 

1978年生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程後期修了。博士(歴史学)。
現在、國學院大學博物館学芸員、岡本太郎記念館客員研究員。
第2回岡本太郎記念現代芸術大賞、入選。
岡本太郎の巨大壁画《明日の神話》再生プロジェクトスタッフとして、メキシコでの壁画回収・修復・設置作業に従事。
2016年岡本太郎記念館企画展「生きる尊厳-岡本太郎の縄文-」をキュレーション。
著書に『縄文土器の文様構造』、『謎解き太陽の塔』、共著に『縄文土器を読む』他多数。

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