味のあるいぶし銀ジャズギターで知られる日本精鋭のジャズアーティスト松尾由堂さんとの対談です。
〈前回までは〉
松尾由堂①「太郎さんの画集を一枚ずつめくっていったんです。」
松尾由堂②「中学2年のときに『これって、もしかして、ものすごくカッコイイんじゃないか?』と思った。
第三回は松尾由堂さんはいかにしてプロのジャズミュージシャンになったのか。そして松尾さんの思う「ジャズとは?」をお伺いします。
「味な真似をするヤツ」っていう感じですかね。
平野:大学でジャズにハマったあと、どうやってプロのジャズミュージシャンに?
松尾:じつは…漫画家になりたかったんですよ。
平野:えっ、そうなの?
松尾:自作の漫画を講談社に持ち込んだりして。
平野:へえ。
松尾:ただ、大学を出たあとも、ジャズ研の絡みで、ときどきライブに出たりしてたんです。遊びですけど。
平野:演奏はつづけていたわけだ。
松尾:あるイベントに出たときに、はじめて「もうちょっとちゃんとやりたい!」って思ったんです。
平野:そのときまではプロになるっていう意識はなかった?
松尾:そうです。こういうふうに弾きたいっていうこともなかったし。でも、そのときにはじめて「きちんと音楽に向き合おう」と思った。もっとも、プロのミュージシャンになるといっても、なにをしていいかもわからなかったので、演奏しながら、普通にバイトしてましたけど。
平野:最初はみんなそうですよ。でもきっと、どこかで断層を飛び越えたんです。
松尾:断層?
平野:プロのミュージシャンになりたい、音楽でメシを喰いたいっていう人は山ほどいるけど、ほとんどの人はそこまで行けない。プロになれた人はきっと、ある種の断層を超える瞬間があったに違いないって思うんですよ。もちろん運もあるとは思うけど。
松尾:ああ。
平野:三途の川を渡るイメージです(笑)。
松尾:(笑) 内面的なことであれば、どこかで切り替わったとは思いますけど……。
平野:たとえば松尾さんは、いろんなミュージシャンから声がかかって共演してますよね? 周りがプロとして認めていなかったら、絶対にそうならない。
松尾:ああ。
平野:それこそ日替わりでセッションに呼ばれてるじゃないですか。
松尾:ありがたいことです。
平野:てことは、プロミュージシャンのコミュニティのなかで、「あいつはいい!」という評価が確立しているってことでしょう? 「趣味でやってます」というレベルでは、決してそうならない。技術的には上手く弾けたとしてもね。やっぱりそこにはなんらかの断層があるような気がしてならないんですよ。
松尾:……うーん……
平野:自分じゃわからないのかな?(笑)
松尾:たしかに周りの人には恵まれたと思います。すごくいいミュージシャンを最初から知っていたし。
平野:なるほど。
松尾:東大のジャズ研は、当時、一晩中開いていたんですよ。部室には誰でも入れたから、部外者もいっぱい入って来たし、地方から楽器ひとつ持って出てきて、プロとしてやっているような連中が夜中に来て、セッションをやったりしてたんです。その中には、いまトッププレーヤーになった人もいる。
平野:もはや「趣味の音楽サークル」っていうレベルではなく、プロのコミュニティとダイレクトにつながっていたわけですね。
松尾:そういう人たちを最初から知っていたので、彼らのライブを見に行ったり、そこで誰かと仲よくなったり…。ライブハウスでもいろいろ経験させてもらいました。その人たちが出ているというんで見に行って、そこでたまに一緒にやらせてもらったりして、すごく勉強になった。周りの人には恵まれたと思います。
平野:いまこれを読んでいる若い人たちの中には、ほとんどジャズに触れずに来た人も多いと思うんだけど、そもそも「ジャズってなんですか?」「ジャズの魅力ってなんですか?」って訊かれたら、どう答えます?
松尾:難しいなあ。じつはこのあいだもそういう話になったんですけどね。たぶんジャズと言ってもいろんな段階があると思うんです。スイングビートが流れていればジャズだって思う人もいるし、ビバップ的な複雑なラインが聴こえたらジャズって考えている人もいるかもしれない。でもたぶん、言葉ではうまく説明できない、雰囲気のようなものがあると思うんです。
平野:ジャズだけが持っている雰囲気?
松尾:そう。正直に言いますが、ぼく自身、まだジャズができているとは思ってないんですよ。いまだ憧れの対象。
平野:「雰囲気のようなもの」って?
松尾:うーん、あの、独特な感じ、っていうか…。
平野:(爆笑)
松尾:「味な真似をするヤツ」っていう感じですかね。
平野:わかるような、わからないような…(笑)
松尾:ジャズの中には知性もあるし ユーモアもあるけど、それらに加えて、〝ちょっと悪い感じ〟がするっていうか・・・
平野:あぁ、それはわかる。
松尾:でもそれって、やろうと思ってできるものじゃないんですよ。「味な真似をするヤツ」っていうのは味なヤツなんで。
平野:(爆笑)
松尾:平野さんはジャズをどう見ているんですか?
平野:ジャズの本質はやっぱり、あの独特のグルーヴ感だと思います。これも口じゃ説明できないけど、素晴らしい演奏は、聴いているうちにひとりで体が動きますからね。体が動くといっても、ロックやソウルのそれとはぜんぜん違う。〝螺旋状にうねっていく〟感じっていうか…
松尾:はい。
平野:ジャズのグルーヴは、機械にはつくれない。AIは、チェスには勝てるけど、あの微妙な〝ゆらぎ〟はぜったい再現できないと思うんですよ。
松尾:もちろんグルーヴは大事ですね。ジャズは即興中心としてつくるもの、つまりコミュニケーションでできている音楽なんで、グルーヴはすごく大事な要素です。ただぼくは、そういうのってジャズに限らずどんな音楽にも必要な要素だと思う。
平野:ジャズだけのものではないと?
松尾:そう。なので「ジャズだなぁ、これ、カッコイイなぁ」って思うのは、「なんかわからないけど、このタイミングでそういうことやるんだ?」とか、「おしゃれなこと言うなぁ」みたいな、そういう部分がポイントじゃないかと思っていて。
平野:ミュージシャン同士の会話みたいなものでしょ?
松尾:ジャズの演奏は基本的に曲のテーマをもとにみんなでそれを展開させていくんですけど、展開のさせ方が人それぞれなんですよね。言葉で説明するなら、たとえば「星」っていう言葉を展開させるときに、「北極星」とか「オリオン座」とかっていうのはただ意味に沿ってるだけで、演奏としてはつまらない。そこに「砂漠」とか「涙」とか「猫」とかぶつけていったら、「星」という言葉のある一面が広がる感じしませんか。
平野:たしかに。
松尾:そこで「コンビニ」とかいわれたら急に世界が狭くなるとか、「電動ドリル」とかあえてぶっこんで来る人がいたり。最初からふざけてて「ほし柿」とか「星一徹」とかいう人もいたりしてね。そういうことを詩人は言葉でやるのかもしれないけど、ミュージシャンは音でやるわけです。
平野:ああ、なるほど。でもそれって、演奏者同士じゃないとわからないことかもしれないな。
松尾:そうなのかな。難しいところですね。
平野:ジャズの本質はグルーヴだと思う一方で、醍醐味っていうことでいえば、ぼくは大きく2つあると思っているんです。
松尾:はい。
平野:1つはやっぱりアドリブ。ソロですね。もう1つは演奏者同士の対話。いまの話にも通じることですが。
松尾:なるほど。
平野:チープな言い方だけど、すごいソロに触れると鳥肌が立つ、みたいな感じがある。
松尾:はい。
平野:これまたチープな言い方ですけど、演っている人もきっと「降りてきた」感じなんだろうと思うんです。
松尾:そういうスピリチュアルな部分はたしかにありますね。もうひとつの方は?
平野:そっちの方は、プレイヤー同士が抱き合って、ついにオーガズムに達する、みたいな感じかな(笑)。演奏が進むうちに、互いが反応しあって、加速度的にグルーヴが高まっていく。〝見えない力〟でお互いを高めあっていくっていうか…。それがジャズの決定的な醍醐味だと思うんですよ。全盛期のレッド・ツェッペリンやクリームが別格なのも、そういった「ジャズの構造」をもっていたからだと思う。
松尾:見えない力。
平野:岡本太郎は、見えない力との対話を『呪術』と呼んだけど、そういう意味で、ジャズはきわめて呪術的な音楽かもしれない。
松尾:ジャズに限らず、音楽ってそういうものじゃないかと思いますね。
平野:いい音楽はだいたい呪術的だと?
松尾:そうです。
平野:ジャズのミュージシャン同士って、じっさい演奏で会話するじゃないですか。
松尾:はい。
平野:それってきっと、ものすごくスリリングで楽しいに違いないけど、見ている側はけっしてその輪の中に入れない。その〝置いていかれてる感〟に、いつもさみしい思いをしています。
松尾:あ、そうなんだ。
平野:観客だからしょうがないけど、ちょっと悔しいわけです。
松尾:(笑)
平野:そんなときは「ジャズって、冷たいよな」って思う。
松尾:それはマズイな(笑)。観客と演奏者の境界線がなくなるのが、いい音楽の条件だと思うから。
平野:うん。
松尾:そういうふうになっていないとすれば、それは演奏者の責任ですよ。
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次回はジャズのルーツと音楽の氾濫について。

松尾由堂
1977年福岡生まれ、佐賀、熊本と移り住む。
中学時代にBob Dylanに傾倒、15歳でギターを始める。
東京大学入学と同時に上京、森田修史(ts)の演奏に衝撃を受け、ジャズを聴き始める。
2003年頃よりプロとして活動を開始。
2010年自家版CDR「BONANZA」を発売。
2012年公式アルバムとしては初となるCDを同タイトル「BONANZA」として発売。
現在は大口純一郎(pf)氏を迎えた自己のカルテットのほか、ジャズ系のセッションワークを中心に活動中。