岡本太郎をリスペクトする著名人の方々に、太郎への思いを思う存分語っていただきます。

第7回目は、音楽フェス情報サイトを運営し、ラジオ番組のパーソナリティーや雑誌連載など、フェスカルチャーを中心にマルチに活躍しているシャーロット株式会社代表の津田昌太朗さんにお話をお伺いしました。



岡本太郎との再会

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ぶっ飛びました。ローリングストーンズをはじめて聴いたときのような、ブルーハーツをはじめて映像で観たときのような、セックスピストルズの存在を知ってしまったときのような、なんていうかロックンロールの名盤を聴いたときのような感覚でした。

ただただ読みながら、勢いというか、岡本太郎という人間のパワーに圧倒され、何かが自分の中で燃えたぎっていく感覚。生まれてこの方ほとんど意識したことのない、体内の”血”の流れが手にとって分かるような感じ。

当時、毎日企画書を書きまくり、どんな言葉を使って得意先の担当者に納得してもらうか、ときにはコピーライターと一緒に企業や商品やキャッチコピーを考え、夜通し何百案の中から、ふさわしい言葉を探すというような仕事をしていたので、”言葉”には多少なりとも自信があるつもりでした。

ただあの本を読んで、太郎さんの言葉の強さに感服したのを昨日のことのように覚えています。まるでその場に太郎さんがいて、目の前で大きな声で、人生について語ってくれたような、それくらい強烈な経験でした。

自分が楽しそうに仕事をしながらも、どこかで何か満足していない自分もいることを見透かされていて、ガツンと叱ってくれているような気分になりました。

そんな体験が岡本太郎さんとの再会でした。というのも、太郎さんのことは知っていたというか、小さな頃に無意識で太郎さんの作品を目にしていたんです。

僕は兵庫県の姫路市というところで生まれ育ったのですが、実家が牛乳屋を営んでいました。 そんな家で育ったので、父の牛乳配達についていくことがよくあったのですが、市のスポーツ施設に隣接していた喫茶店が牛乳配達のルートで、その目の前にある広場に、太郎さんの作品「躍動」が置いてあったんです。

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真っ白なそのモニュメントは、10m程度あって、スポーツ施設の入り口に強烈なインパクトをはなちながら立っています。子どもながらにその存在感の異質さは感じていて、当時の話を聞くと、よく「あのタコみたいなのがあるところに行きたい」と言っていたそうです。

ただそのころは太郎さんの作品だということは知らなくて、何のためにそこに建てられているのかも理解しておらず、普通に自分の生活に馴染んでいるものでした。

そんな感じだったので、特に小さい頃は岡本太郎という人間を意識したことはなかったのですが、おそらく太郎さんのパワーみたいなものを無意識の中で受けて育ったのではないかと勝手に思っています。

津田昌太朗③



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津田昌太朗:

世界最大級の音楽フェス「グラストンベリー」に参加したことがきっかけで、イギリスに移住し、各国の音楽フェスを横断する「Festival Junkie」プロジェクトをスタート。帰国後、シャーロット株式会社を設立し、日本と海外を行き来しながら国内外の音楽フェス情報を発信している。日本最大級の音楽フェス情報サイト「Festival Life」編集長。「J-WAVE SUNDAY SESSIONS-FESTIVAL LIFE-」ではマンスリーナビゲーターを担当。「Festival Junkie」の活動により駐日英国大使館から英国アンバサダーアワード(音楽部門)を受賞。

Festival Life:http://www.festival-life.com/