お洒落な男性が増えている。ピアスをしていたり、細い鎖に目をひくペンダントが光っていたりするのは、もう当たり前。太いベルトに鎖が巻き付いていたり、靴に拍車のような金具がついているなんて、マッチョの目立ち方も、似合っていれば粋なものだ。

若い人はかなり良い。これでもう少し、大人の男の装いが個性的になり、ダンディーになれば、女どもはまことに楽しいのだが。

いま第一線で活躍している中年の男たちは戦後の生まれだから、民主教育、個性主義で育ったはずなのに、なんで画一的に、右へならえなのだろう。背広にネクタイ、髪型から眼鏡から、クローン人間のよう。あれでは男の魅力はひらかない。

そんなにスットン狂な変わった格好をして貰いたいというのではない。オーソドックスでもいいけれど、そこにその人でなければ滲み出ない、味がほしいではないか。

新規ドキュメント 2018-01-26
随分昔のテレビドラマで、島田正吾がどこか地方の藩の、もうすぐ引退しそうな御重役に扮していたことがあった。その裃姿の何ともいえずやわらかく、しなやかで、人間らしいのに私はびっくりして見惚れてしまった。

どうということはない侍屋敷の門を出てくる姿など、威あって猛からず、程よい年のとり方。飄々として、いかにも腰がすわっている。

歌舞伎で見ても時代劇でも、裃というものは糊で固めて、シャッチョコばっていて、人間の中身などまるで見えない衣装だと思い込んでいた。ところが、この島田正吾の爺さんはまるで違う。いかにも身の丈にあった、着なれた風情で、味がある。着こなせば裃でもああなるのか、とため息が出た。美女に惚れられて、大事にされる、いい役まわりだったけれど、あれなら、と納得できた。

鳶の頭とか大工の棟梁などでも、あのなりは制服みたいなものだし、威勢のいい若い男にこそ似合って格好よくみえそうなこしらえなのに意外。年をとった人の粋なこと。

お年寄りばっかりほめているようだけれど、男の色気は年齢には関係ないということを言いたいのだ。キムタクや慎吾ちゃんや藤原竜也は確かに格好いい。色っぽい。でもそうでない普通の男、身のまわりにうろうろしている、みんなが、一人一人色っぽくて、ダンディーで素敵な男でなければ女はつまらない、だがおとこを、そういう魅力的な存在にするのは、実は女の働き、役目でもあるのだ。

女が男によって磨かれる。と同じように男は女に影響される。女が心からこうあってほしいと思い描き、情熱的に見つめると、男はそうなってしまう。やって御覧なさい。思えば、そうなる。

アイボをかわいがったり、猫のグッズを集めたりするのもいいけれど、女にとって、人間の男にまさるものはない。そしてよく見れば、近寄って親身に話しあってみれば、どの男もみんなドキドキするほど個性的で、素敵な、ユニークないのちの塊だ。手を添えて、もうちょっといい形に、もう少し本来の伸び方に、ひらいてもらいたいと胸がうずく。

男と女は一緒に成長するのだ。男に惚れることによって、女もふくらむ。男はまた、女に応えようと、もっといい男になる。