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Okamoto Taro Column ② "Labyrinth"

岡本太郎コラム②東風西風「迷宮」

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先日、雑誌のグラビアで新しく開発された霊園の写真を見た。見わたす限り、整然と区画された近代的?な墓地。真四角な箱型の無数の墓群。

まさに、近ごろいたるところに造成される巨大な団地である。住んでいる人には悪いが、あの団地風景はまことに寒々と味気ない。粗末な機械で型ぬきされたボール箱のような。その中で、2DKなみの、狭く仕切られた画一型の生活をし、一生が終わると、更に小さい、そっくりな画一型、「お墓団地」にうつる。・・・まことに、言いようのない人生である。

ところで年頭のマスコミは例によって未来の生活、都市像を特集していた。私にはそれらがどうも整然としすぎ、合理的でありすぎることが気になる。科学的と称して、すべて合目的的に計算する。現時点ではやむを得ないのかもしれないが。

いずれにしても、すべてが明確に割り切れ、画一で、目的地がはっきり見とおせるような町には、情熱がおこらない。私の願う未来都市のイメージは、むしろ逆である。もちろん実用性、機能性は必要だが、同時に、その反対の要素を強烈に包含しうる超高度な技巧を駆使して構成されるべきだと思う。

たとえば昼の秩序は明快な交通路で処理されても、夜になると、忽然(こつぜん)と街(まち)の様相が変貌(ヘんぼう)する。異様な道が錯綜(さくそう)して、右に向かっているのか左に進んでいるのか、上がってるのか下がってるのかわからない。やっと脱け出たと思ったらもとに戻っていたり、見知らぬ道がひらけて、もうダメかと思ったら、思いがけず自分の目的物が目の前にあかあかと現われるという、神秘的な、夢の中のような街づくりがしてみたい。

つまり迷宮である。

人生そのものがケンランたる迷宮だ。いまに科学技術がもっと進歩発展して行ったら、きっとそのような人間性の渾沌(こんとん)に対応する超近代的な環境を創造することが出来るに違いない。

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