文芸評論家、多摩美術大学美術学部芸術学科教授で「贈与と祝祭の哲学」を担当されている安藤礼二さんとの対談です。

〈前回までは〉
安藤礼二①「ジョルジュ・バタイユを調べていくと、すぐそばに太郎がいる。」

今回は「考古学とシュルレアリスム」についてお伺いします。

「自分たちがやっている考古学を比べて、ああ、これはダメだなって。」

平野:前回は『縄文土器論』が安藤さんに与えた影響についてお聞きしましたが、それほどの衝撃を受けた論文を書いたのが、こどもの頃に見ていた“バラエティ番組で芸人にイジられてる人”だったってことを知ったときは驚いたでしょう?

安藤:それはもう(笑)。論理的で知的で、しかも描写力がすごい。学者が書いた文章を読んでも縄文土器のイメージなんてまるで湧かないのに、太郎の文章を読むと目の前に土器があるみたいで。

平野:わかる。

安藤:でも当時は太郎の本がほとんど手に入らなくて……

平野:そうです。古本屋をまわるか図書館に行くしかなかった。

安藤:だから私は図書館まで読みに行っていました。

平野:太郎が亡くなったとき、苦労なく本屋で買える本って、『自分の中に毒を持て』くらいしかなかったですからね。

安藤:図書館で太郎の本を探しているうちに、『沖縄文化論』や『神秘日本』に出会って。それがまたメチャクチャおもしろかったんですよ。こんなにすごい人がいたんだと驚きました。『神秘日本』にはオシラ様の話が出てくる。私はずっと東北に調査に行っていたので…

平野:その風景がリアルに実感できたわけですね?

安藤:そうなんです。太郎の著作と、柳田國男がオシラ様について書いた『遠野物語』を読み込んでいくのが、ほぼ同時でした。

平野:でも大学の研究室でアカデミックな考古学を学んでいる立場としては、太郎にハマるのはまずいなっていう感じはなかったんですか? 「ダメだ。こんなことをしていたら、オレ、道を踏み外しちゃう」みたいな(笑)。

安藤:だから、考古学をやめちゃったんです。

平野:(爆笑)

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安藤:もともと研究のようなことは好きだったので、研究者になりたいという想いもあったのですが、太郎の縄文論といま自分たちがやっている考古学を比べて、ああ、これはダメだなって。

平野:アカデミックな考古学がつまらなく思えてきちゃったってことですね? そうやって太郎のせいで道を踏み外した人、けっこう居るんですよ(笑)。

安藤:(笑) まあしかし、考古学をやったおかげで縄文を知ることができたわけですし、太郎と出会えたわけですからね。それに縄文と繋がっていくヨーロッパの洞窟壁画を知ることもできましたし。

平野:洞窟壁画?

安藤:そう、ラスコーに代表される洞窟壁画です。それがブルトンやバタイユなど、シュルレアリスムやアヴァンギャルド芸術に大きな影響を与えたんです…

平野:安藤さんはなぜシュルレアリスムを? 民俗学ならまだわかるけど、シュルレアリスムって、考古学からいちばん遠い世界でしょ?

安藤:私が学生時代を送った1980年代って、いろいろな意味でバブルだったんですよ。表現の分野でも、映画とか演劇とかさまざまなジャンルに自由にアクセスできるようになった。そうやって時代やジャンルを超えて表現世界を一望したとき、一番おもしろいのが1920年代〜30年代の芸術運動、シュルレアリスムだったんです。山口昌男さんなどの人類学者も「20年代〜30年代の芸術がすごくおもしろいんだ」と言っていました。

平野:へえ、山口さんがそんなことを言ってたんだ。

安藤:はい。中沢新一さんなども、人類学や民俗学などの学問と芸術はものすごく接近していたんだと言っていました。民俗学の柳田國男、折口信夫や南方熊楠とシュルレアリスム、アヴァンギャルド芸術、さらには現代哲学は近しいんだって、つねに…。そう考えると、バラバラだと思っていたものがひとつに繋がっていく。そして太郎はそれらを総合した人なのではないか、ということに思い至ったんです。

平野:なるほど。太郎は“総合者”だと。

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安藤:そうです。もちろん最初から結びついていたわけではありません。私は大学を卒業してすぐ出版社、河出書房新社に入りました。

平野:編集者を?

安藤:そうです。13年間サラリーマンをやりました。出版社に入って自分はなにをつくりたいんだろうって考えたときに、やはりシュルレアリスムをやり直そう、と。それでブルトンなどの著作を手がけるようになったんです。

平野:河出書房はシュルレアリスムの伝統もありましたよね。

安藤:そうなんです。ただ、そのあたりを新しくやり直そうという編集者がいなかったんです。たまたま興味があった私が引き継がせてもらえた。そのときにはまだ形になっていなかった本もまだたくさんあって。ブルトンの『魔術的芸術』などです。

平野:あ、いま手に入らないやつだ。

安藤:よくご存じですね。あの本の書名は『呪術的芸術』とするのが正しいんですよ。芸術の根源には呪術があるという本でして…

平野:根源? 呪術? 太郎好みのワードじゃないですか。

安藤:呪術と芸術。しかもラスコーの洞窟壁画や未開社会の仮面など…。そういったものをブルトンは芸術の一番の核心だと論じているんです

平野:それって…

安藤:どこかで聞いたような話だなと思いますよね? まさに岡本太郎そのものなんです。ちょうど90年代に太郎の本が徐々に再販されるようになったので、系統立てて読んでいってみたら、民族学、人類学、考古学を、「人間とはなにか?」という視点で、日本で唯一繋いでいた人こそが太郎だったと気づいたんです。



次回は「新しい岡本太郎の見方」について。

安藤礼二③「『ジャンルをすべて乗り越えて一つの表現の原型を突き詰めていった人』です。」

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安藤礼二

1967年、東京生まれ。
文芸評論家、多摩美術大学美術学部芸術学科教授。
早稲田大学第一文学部卒業。大学時代は考古学と人類学を専攻。
出版社の編集者を経て、2002年、「神々の闘争――折口信夫論」で群像新人文学賞評論部門優秀作を受賞、文芸評論家としての活動を開始する。
『神々の闘争 折口信夫論』(講談社、2004年)で芸術選奨文部科学大臣新人賞、『光の曼陀羅 日本文学論』(講談社、2008年)で大江健三郎賞、伊藤整文学賞を受賞。
他の著書として『近代論 危機の時代のアルシーヴ』(NTT出版、2008年)、『霊獣「死者の書」完結篇』(新潮社、2009年)、『場所と産霊 近代日本思想史』(講談社、2010年)、『たそがれの国』(筑摩書房、2010年)、『祝祭の書物 表現のゼロをめぐって』(文藝春秋、2012年)、『折口信夫の青春』(富岡多惠子との共著、2013年)、『折口信夫』(講談社、2014年)がある。