文芸評論家、多摩美術大学美術学部芸術学科教授で「贈与と祝祭の哲学」を担当されている安藤礼二さんとの対談です。

〈前回までは〉
安藤礼二①「ジョルジュ・バタイユを調べていくと、すぐそばに太郎がいる。」
安藤礼二②「自分たちがやっている考古学を比べて、ああ、これはダメだなって。」
安藤礼二③「『ジャンルをすべて乗り越えて一つの表現の原型を突き詰めていった人』です。


今回は「太郎の表現を貫いているもの」についてお伺いします。

「太郎も歌と踊り、お祭りの中に演劇の起源、芸術の発生があると考えていたと思うんです。」

平野:アイヌの人たちや縄文の人たちを見る見方でフランスの洞窟壁画を見る。あるいはフランスの洞窟壁画を見る見方で日本の縄文土器を見る。そういったことを、太郎はパリ時代に知り、おもしろいと感じたということですか?

安藤:そうです。だから、頼まれもしないのにミュゼ・ド・ロム(人類博物館)に通い、マルセル・モースの薫陶を受けた。

平野:50年代に日本全国を精力的に回っているけれど、あれはあきらかにフィールドワークですもんね。

安藤:まさにそうです。ヨーロッパで培った民族学の方法を日本で展開していった。そのときに思いもかけないものに出会ったんだと思うんです。

平野:仮面や祭具など、ヨーロッパで研究対象だったものが日本ではまだ生活の中で使われ、生きていた。

安藤:博物館でだけ見られると思っていたものが、沖縄では生活の中に生きていた。いまだに社会を成り立たせる大事なものだった。バタイユなんかと一生懸命勉強して掴んだ「聖なるものが社会を繋ぎあわせる」というテーマが、沖縄へ行ったら、まさに日常として存在していた。

平野:それはぶっ飛んだだろうな。

安藤:いまでさえ太郎が行ったところをすべて訪れるのは大変なことですけれど、当時は、いまよりもはるかに大変だったわけですよね? それにもかかわらず精力的に動きつづけた。

平野:東北にしろ沖縄にしろ、太郎にはすごくおもしろかったんでしょうけど、でもそれは人類学的なおもしろさ、知的なおもしろさですよね。そういった知的好奇心を満たすってことと、絵を描くってことはなにか関係があったのかな。やっぱりどこかで繋がっているんですかね?

安藤:私は完全に繋がっていたと思います。太郎はこう考えたんじゃないでしょうか。絵はただ単に自分の内面のイメージを映すだけじゃなくて、自分の外、社会になにかを生み出さなきゃいけない。

平野:はい。

安藤:たとえばブルトン、バタイユ、アルトーはほぼ同時期に生まれているんですけれど、アルトーなんてメキシコまで行ってインディアンたちと一緒に演劇の根源を探るわけです。

平野:やっぱり外に求めて行くわけだ。

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安藤:それと同じだと思うんですよ。太郎も歌と踊り、お祭りの中に演劇の起源、芸術の発生があると考えていたと思うんです。だからこそ、だんだんタブローだけじゃなく、彫刻をつくりはじめ、さらには「場所そのもの」をつくるようになった。

平野:たしかに空間的になっていきますね。

安藤:そうした事実こそが人類学、民族学的な研究と太郎の表現が切り離せない関係にあったことを物語っているような気がするんです。聖なる場所とはなにか、祭とはなにか。それが太郎の研究と表現を貫いていると思います。

平野:太郎は祝祭や呪術を勉強していたわけだけど、太郎の創作行為は、ある意味でそういったものを実証する行為だったのかな?

安藤:呪術的な世界というのは抽象的な概念ではなくて、仮面や神像などに受肉しなければ力を持たないんです。現在の芸術家が失っているのは、そういうことではないかのか。自分がつくっているものを単なるモノだと思っていると、芸術は死んでしまう。

平野:なるほど。

安藤:呪術師は自分たちがつくっているモノにこそ神秘的な力が宿ると考えている。それが未開とか野蛮などと言われている人たちがやっていることです。

平野:そういったものこそ自分がつくる芸術だと太郎は考えた?

安藤:そうです。

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平野:もしそうなら、太郎にはそこらの作家がつくっている近代彫刻は単なるオブジェに見えたかもしれないな。精神的なものが注入されない限り、そんなものは芸術じゃないと。

安藤:だから太陽の塔の一番下に仮面や神像など、超現実的な力が宿っているような呪物を置いたんだと思いますね。

平野:だから太郎はレプリカを嫌ったんですね。壮大なプロジェクトを起動させて世界中からほんものを集めましたからね。

安藤:レプリカだと力にならないんですよ。

平野:そうだとすると、立体だけでなく油絵などの平面作品もそうなのかな? 安藤さんから見て、なにか呪術めいたものを感じられます?

安藤:どのタブローを見ても、自分はシャーマンのようにものをつくるんだっていう意識が強くあったと感じます。だからこそシャーマンが見たような風景を、絵画として定着させようとした。

平野:そうか! 絵描きとしての太郎って、分類からすれば洋画家なんだけど、一般の洋画家が扱う画題ってまったく描いてないんですよ。風景画もなければ静物画もない。裸婦も描いてないし肖像画もない。じゃあなにを描いてるかっていうと、たぶん“いきもの”と“いのち”なんですよ。ほぼすべての絵に目が描いてありますからね。それがなにかはわからないけれど、「いきもの」であり「いのち」だってことだけはわかる。まさにシャーマンの見る世界が描かれているのかもしれませんね。

安藤:極私的な読み解きですけれど、間違いなく呪術師のトランス状態を描いているんだと思います。自分も他人もなくなってしまい、自分の意識と宇宙の意識が一体化してしまうような世界に到達する。そこから生まれてくるヴィジョンを表現する。そこには抽象イメージだけじゃなく、具体的なモノも絶対にあるはずなんです。抽象にして具象。それを造形化していったものが太郎の彫刻になったんじゃないでしょうか。



次回は太郎が探し求めてきた「研究」と「表現」について。

安藤礼二⑤「自分のやっていることは客観的でもあるし主観的でもあるんだという人たちです。」

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安藤礼二

1967年、東京生まれ。
文芸評論家、多摩美術大学美術学部芸術学科教授。
早稲田大学第一文学部卒業。大学時代は考古学と人類学を専攻。
出版社の編集者を経て、2002年、「神々の闘争――折口信夫論」で群像新人文学賞評論部門優秀作を受賞、文芸評論家としての活動を開始する。
『神々の闘争 折口信夫論』(講談社、2004年)で芸術選奨文部科学大臣新人賞、『光の曼陀羅 日本文学論』(講談社、2008年)で大江健三郎賞、伊藤整文学賞を受賞。
他の著書として『近代論 危機の時代のアルシーヴ』(NTT出版、2008年)、『霊獣「死者の書」完結篇』(新潮社、2009年)、『場所と産霊 近代日本思想史』(講談社、2010年)、『たそがれの国』(筑摩書房、2010年)、『祝祭の書物 表現のゼロをめぐって』(文藝春秋、2012年)、『折口信夫の青春』(富岡多惠子との共著、2013年)、『折口信夫』(講談社、2014年)がある。