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Okamoto Taro Column ⑦ " Straightness "

岡本太郎コラム⑦東風西風「ストレートさ」

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先年、パリに行ったとき、旧友のフランス人がよもやま話のうちに、いたずらっぽく笑いながらこんな話をした。

彼がある所で日本の大学教授と会った。名乗られた時、日本語の名前が一度ではよくわからなかったので、

――あなたのお名前は、オシカワでいいんですか?

と聞きかえした。すると相手はいんぎんに

――はい、そうです。

しかし、ややあって、

――ですが、もしヨシカワとよんで下されば、さらに正確です。

「どうだい、この返事は。実に日本人らしいじゃないか」。思い出してもおかしいという風に、腹をよじりながらその男は私に報告した。

結局、人がいいのだろう。相手の気持ちを傷つけたくないという配慮が、こういうトンチンカンな問答を生むのだが、その気がねは西洋人にはまったく奇妙、むしろ滑稽(こっけい)なものなのだ。

外交問題などで、日本政府のぬらりくらりした、一向に筋道のはっきりしない八方美人的な態度に、日本人ながら腹の立つことがある。ずるく、ごまかしていることも確かだが、一面にはまともにぶつかることを避けて波風立てずに通ろうとする、悪気でない弱さ、そういう伝統があるのかもしれない。

われわれは日本人の生地の純粋さと、それと正反対なズル賢さを、ことごとに見せつけられる。近ごろ海外などで伝説的に形作られている日本人像は、とかくあまりかんばしくないが、別な、スッ裸の日本人像があるはずだ。

何ごとに対しても、素朴なまでにひたむきにぶつかり、こたえる。血を流すほど。ストレートに。これからの日本人はむしろその方の資質を発揮してつき進んで行くべきだ。
そうするともっと豊かな生命力がひらけると思うのだが。

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