朝。空は青々とすき透っている。空気もさわやか。ながかった冬だが、いつの間にか春になっていた。自然はまことに自在に変転し、軽やかだ。

久しぶりによく寝た。日ごろ、気違いじみた仕事のスケジュールに追い回されて、このままだとだめになってしまうんじゃないか、と自虐的な気分にさえ追い込まれる。人間まことにやむを得ず自分を酷使するのだが。

しかし一ぺんぐっすり眠ると、ふっくらとした自分がもどってくる。身体(からだ)全体の突っぱりがはずれて、骨・肉が軽々とのびたような気分。こんなときには、自然の中の人間も凝滞ない。

ふと塀(へい)のかげを見ると、この間降った三月のバカ雪のなごり、大きな塊(かたまり)が黒々と泥によこれて、まだぶかっこうに這(は)いつくばっている。

あんな意味のない大雪を降らして、交通マヒだの何のとわれわれの生活をさんざ乱しておきながら、十日もたつのに、いまだに無用な残骸(ざんがい)をさらしている。してみると自然にも案外、間抜けた、ぶざまな面があるんだなとニヤニヤしてしまう。

ところで、人間世界。いつものことながらグロテスクなニュースの氾濫(はんらん)だ。あのどす黒い捨て雪の塊によく似た風情(ふぜい)である。大きな塊から小さいの。……中ソ国境の衝突をはじめ、パキスタンの紛争、三十八度線の緊張、それにイギリス軍が白昼堂々、中米の島アンギラに無血上陸。

国内でも学園紛争、国鉄スト、卒業式のいざこざ、高級官僚の天下りから贈収賄も相変わらず繁盛だ。深刻といえば深刻だが、まことに言いようのない悲喜劇である。

泥まみれの雪の塊を見ていると、これらのニュースがオーバーラップされて、異様なイメージとして踊りだす。

醜いが、ふとユーモラスでもある。自然・人間、ひっくるめてまことに御苦労千万な矛盾の姿だ。