数多くの賞を受賞し世界的にも注目されている建築家 藤本壮介さんとの対談です。
第二回目は前橋に移設された《太陽の鐘》についてお伺いします。

〈前回までは〉
藤本壮介①「ローコストなのに、けっこうアクロバティックなこともやってるし。」



「内側から湧き出してくるようなイメージにできないか、とも考えました。」

平野:今日はいろいろなことをお聞きしたいんですが、まずは《太陽の鐘》の話から。

藤本:はい。

平野:ご存知ない方のために簡単に説明しておきましょう。《太陽の鐘》は岡本太郎が1966年に伊豆につくった作品で、ながらく人目に触れないまま損傷が進んでいました。それを前橋が官民一体となって修復・移設することになり、3月31日に広瀬川のほとりで無事にお披露目することができたんですが、その環境デザインを藤本さんにお願いすることになった。そうしたら…前代未聞のエキサイティングな空間ができあがった。

藤本:ありがとうございます。

平野:とにかく普通じゃないんですよ(笑)。「モニュメンタルな芸術作品を設置する空間をデザインせよ」という課題を受け取ったときに、並の建築家が発想することとはまったくちがうアプローチです。ぼくは素直だから、「なにこれ? この人はどういうつもりでこんなことを考えたんだろう?」と思ったわけ。

藤本:(笑)

平野:なにしろ発想の原点が「森の奥にあって見えない」ですからね。「音は聞こえるけど、鐘は見え隠れして、よく見えない」。ふつう、えっ? なにそれ? って思うじゃない(笑)。しかも撞木(しゅもく:鐘を撞く棒)が24mもあるから、鐘を撞いている人からも、遠すぎてよく見えない。24mといえば、小学校のプールの長さですからね。だいいち重くて一人じゃ撞けないんですよ。マトモな人は、これをつくった建築家は頭がちょっとおかしいかも、って思います。

藤本:(爆笑)

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Bell of the Sun – (c) Sou Fujimoto Architects


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Bell of the Sun – (c) Sou Fujimoto Architects


平野:実際には、敷地が狭隘だからわずかな樹々しか植えられないし、その樹木もまだ育っていないから、もちろん作品は見えます。それでも設計思想ははっきりとわかる。この種のお題を与えられたら、ふつうは主役の芸術作品をいかにシンボリックに目立たせるかを考えます。

藤本:そうですよね。

平野:周りの余計なものをぜんぶ排除して、真ん中にドーンと置くとか、モニュメンタルな台座を用意してその上に麗々しく飾るとかするわけです。でも藤本さんはその真逆をやった。なにしろ気配だけを残して作品を消そうとしたんだから。

藤本:こうやって聞いていると、なんだかたいへんなことをやってしまったような気持ちになってくる…(笑)。

平野:いやいや、とんでもない。めちゃくちゃカッコいいし、なにより岡本作品にふさわしい。ぼくは痺れてるんですよ。あのアイデアはどこから来たんですか?

藤本:正直に言いますが、この部屋で平野さんたちと打ち合わせをするまでは、ぼくも周りをきれいにして《太陽の鐘》がピシッと映えるようにする仕事だろうって思っていたんです。

平野:まあ、それが普通ですからね。

藤本:でも平野さんが、いきなり「藤本さん、思う存分やっていいからね」って。

平野:(笑)

藤本:「公園などに置いてある彫刻作品は、たいていヨソヨソしい。いかにも〝ありがたいもの〟という感じで。でも岡本太郎はそういうことじゃダメなんだ」と。

平野:うん。

藤本:それを聞いて、「あ、これは急にハードルが上がったな」と(笑)。

平野:きれいな台座をつくって欲しかったわけじゃないから。

藤本:どうやらぜんぜんちがうらしいと。それでよくよく聞いてみると、「岡本太郎と藤本壮介ががっぷり四つにぶつかるようなものじゃないと意味がない」みたいなことを平野さんがおっしゃって。「太郎とタイマン張る覚悟でね!」と。

平野:あ、そうでした?(笑)

藤本:これはかつてない難題だ、と思いました。

平野:真面目な話をすると、ぼくの仕事は岡本太郎を〝ありがたいもの〟と祀り上げることじゃない。生きたものとして次の時代に受け渡すことです。若いアーティストとのコラボレーションを積極的にやっているのもそのためで、藤本さんのような〝いま〟を代表する表現者とおなじ土俵で闘うことこそが、太郎がライブな存在であることの証明になる。だから、比喩ではなく、ほんとうにガチンコ勝負して欲しかったんですよ。

藤本:わかります。

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Bell of the Sun – (c) Sou Fujimoto Architects


Bell of the Sun - (c) Sou Fujimoto Architects
Bell of the Sun – (c) Sou Fujimoto Architects


平野:あの日、ここで話をしたあと、まずはどんなところから考えはじめたんですか?

藤本:あらためて作品を拝見すると、やっぱり造形の力がすごい。だから、これにぼくが別の造形を加えちゃうと、どちらも死んじゃうんじゃないかと思ったんです。

平野:なるほど。

藤本:一方で、前橋の街づくりのヴィジョンが「めぶく。」ですから、鐘も土台もなにかがワーッと出てくるような、内側から湧き出してくるようなイメージにできないか、とも考えました。

平野:川や地面から湧き出てくるようなイメージですね?

藤本:その感じを伝えることができればいいんじゃないかと思って、盛り土をつくろうと。さらに、盛り土だけより樹々が生えていた方が、太郎さんの作品も周りの樹々も一緒になってワーッと出てくるような感じになっておもしろそうだなと。

平野:《太陽の鐘》を〝置いた〟というより、知らないうちに〝生えてきた〟みたいな?

藤本:そうです。植物と一緒になってそこにあるっていうのがいいなと思って。それで最初にそういった提案をお見せしたら、平野さんが下の庭にある、眼から雑草が飛び出している彫刻の写真を送ってくれて。

平野:うん。

藤本:「作品の眼から雑草が生えてくる。それが太郎の美意識だ」って。自分たちではそこまで意識してなかったんですけど、まさに生きているものと彫刻が絡みあっている。この感じはすごいなと。ずっと昔からそこにあったようにも見えるし。

平野:そうですね。

藤本:未来に向かって伸びているっていう感じもすると思うんです。「昔から未来につなぐ」ような感じです。



次回は「たった一本の棒」で新しい物語が生まれることについて。

藤本壮介③「森と一緒に打つくらいじゃないとほんとうの意味で響かないんじゃないかって思ったんです。」

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藤本壮介

1971年 北海道生まれ。
東京大学工学部建築学科卒業後、2000年 藤本壮介建築設計事務所を設立。
2014年 フランス・モンペリエ国際設計競技最優秀賞、2015年 パリ・サクレー・エコール・ポリテクニーク・ラーニングセンター国際設計競技最優秀賞につぎ、2016年Réinventer Paris 国際設計競技ポルトマイヨ・パーシング地区最優秀賞を受賞。
主な作品に、ロンドンのサーペンタイン・ギャラリー・パビリオン2013 (2013年)、House NA (2011年)、武蔵野美術大学 美術館・図書館 (2010年)、House N (2008年) 等がある。