ドキュメンタリー映画『太陽の塔』の監督であり日本が世界に誇る若手広告映像ディレクター関根光才さんとの対談です。
第九回目は「こだわり」。

〈前回までは〉
関根光才①「太陽の塔に対して、『アレはヤバイな』とは思っていたんです。」
関根光才②「『どうやって太陽の塔を超えるか』みたいな話をしなきゃいけないだろうと思ったんです。」
関根光才③「自分たちの存在って何なんだろうとか、なんでこんなことをして生きているんだろうとか。」
関根光才④「勉強に一年くださいって平野さんにお願いしたけど、「ムリ!」と一蹴されて(笑)。」
関根光才⑤「最初のトリートメントからそんなに遠くなかったね」って言ったのを覚えています。
関根光才⑥「外の世界が平和じゃなくても、自分たちは平和に暮らしたい。」
関根光才⑦「それでいて壊しながら串刺しにするようなものが欲しいと思って。」
関根光才⑧「『呪術的、原始的、本質的』であること。

「どうやったらみんなが乗れるステージをつくれるか。」

平野:そもそも関根さんはなんで映像の世界に進もうと思ったんですか? さきほど、「大学の哲学のような〝お勉強〟ではなく、実地体験をとおして世界を見たかったから」といったニュアンスの話があったけど、それにしても上智の哲学科から映像の世界に行くっていうのは、そうとう珍しいでしょう?

関根:大きかったのは、写真に触れたことかな。

平野:写真?

関根:海外に行ったときに、フィルムのカメラに触れたんです。スチールのスクールがあって。実際の映像がフィルムに写り、感光して紙に焼き付けられるっていうプロセスのすべてがオーガニックにできているっていうことにショックを受けたんです。

平野:フィルム写真に好奇心が湧いたっていうのはよくわかる。でもそれは静止画だから、動画とはずいぶん距離があるでしょう?

関根:もともと「物語」や「物語ること」にすごく興味があったんです。小さい頃にミヒャエル・エンデの『はてしない物語』、映画『ネバーエンディングストーリー』の原作の本があるんですけど、それを何十回も読んでいたり…。

平野:うん。

関根:その本に「人間のもっとも素晴らしい能力は物語ることだ」と書いてあった。そういう原体験があって。

平野:なるほど。

関根:そこから神話的なものや、人間が語るストーリーテリングみたいなことにすごく興味が湧いてきたんです。

平野:写真やフィルムという光学的な記録媒体への好奇心と、ストーリーを語ることが、映像への興味となって結びついた?

関根:そうじゃないかと思います。

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平野:小説にはいかなかったんですね。

関根:じつは小説家になりたいと思っていた時期もあったんです。ただ、両親がともにビジュアル表現をしていたこともあって、絵を描いたり彫刻をつくったりしていたので、自然のうちにビジュアル表現を選んでいました。

平野:ぼくの時代だと、映像分野はまだ特殊な世界だったけど、いまはそうじゃないんでしょうね。

関根:デジタルになって、ずいぶん身近になったとは思います。ただ、逆にぼくはフィルムを回してみたかった。フィルムで映像を撮るっていうのが、映画の世界でもなかなか難しくなっていたんですが、コマーシャルの世界ならフィルムを回せることがわかって、そこに飛び込んだんです。

平野:映画はすでにデジタルになっていた?

関根:なりかけていました。

平野:なぜCMはフィルムを使ったんだろう?

関根:フィルムのほうが階調表現がはるかに豊かなんですよ。

平野:ああ、そうか。

関根:ぼくにはただ「フィルムで撮りたい」っていう思いがあっただけで、監督になりたいといったような具体的なイメージまではなかったんです。

平野:うん。



Jemapur “Beneath The Water Surface” from Kosai Sekine on Vimeo.

関根:そんなころに、制作会社に映像資料として置いてあった海外の作品集を見てびっくりした。VHSだったんですけど、ミシェル・ゴンドリーやスパイク・ジョーンズといった、いま映画監督として一流の人たちが当時は広告を撮っていたんです。

平野:おもしろそうだな。

関根:コマーシャルなのに、超パンクな映像があるんですよ。日本だと、たとえば人気俳優が缶ビールを持ってるみたいなのが多いけど・・・

平野:「あ、なんだ、そういうんじゃなくていいんだ」と目が醒めたわけね。

関根:そうです。

平野:関根さんの実績を見たとき、「なに、この人?」と思ったんですよ。超シリアスなチェルノブイリのドキュメンタリーとAKBの「恋するフォーチュンクッキー」をおなじ人がつくっている、っていうことが、どうもピンと来なくて。

関根:(笑)

平野:関根さんはチェルノブイリからAKBまで手がけているわけだけど、自分のスタイル、個性、流儀、テイストみたいなことについてはどう考えています?

関根:うーん、あんまり…。「自分の表現はこうです」みたいなことに対するこだわりは、ないほうじゃないかと思いますね。プロジェクト次第っていうか、企画やシナリオに応じてケースバイケースで表現手法を考えていくので。一貫して「こうでなければいけない」みたいことはないなあ。

平野:それでもやっぱり、関根さんがつくったものには〝関根臭〟がある。いくつかの作品を見たけど、共通する美意識、テイストを感じます。それがものづくりというか、表現することの肝の部分じゃないかと思う。

関根:はい。

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平野:映像制作は、画家がアトリエでコツコツ油絵を描くのとはちがって、クライアントがいて、ミッションがあって、社会の状況があって…、といった数々の制約・条件の産物です。哲学だこだわりだ、と叫んだところで、見てもらえなければ意味がないし、売れなければ〝役立たず〟。受け入れてもらえなければ土俵にさえのぼれない。

関根:そうですね。

平野:しかし、だからといって〝御用聞き〟でなんとかなるわけではない。受け手のイメージどおりのものを差し出したところで、「へぇー」とスルーされるだけですからね。一方にはマーケティングがあるけれど、一方には芸術的な側面がある。美意識、世界観、問題意識みたいなものですね。クリエイターはその折り合いをつけなきゃいけない。

関根:映像をつくる仕事って、かなり複雑なんですよね。ひとりのクリエイターが絵を描くようにつくれるものって、CGやアニメーションくらいしかないんです。実写を撮るとなれば、カメラマンがいてライトマンがいて役者がいて・・・そういう世界でものをつくる以上、常に人との関係性の上でしかつくれない。

平野:はい。

関根:広告の仕事なんかだと、クライアントがいるし、さらに多くのファクターが入ってきて、より複雑になります。そういうときにいつも思うのは、自分がほんとうににおもしろいと思うものでない限り、誰もおもしろいと思ってくれない、ということ。どんな映像作品でもそうだと思いますが、つくり手がおもしろいと思っていないものには、誰も興味を持ってくれません。

平野:それ、すごくよくわかる。

関根:「ぼくはおもしろいと思うんだけど、どう思う?」みたいな提示をしない限りはなにも進まないんですよね。

平野:同感!

関根:もちろん、みんなの意見のバランスをとって、反映していかなければなりません。自分がおもしろいと思うものの中に、どうやったらみんなが乗れるステージをつくれるか、みたいなことを考えなければならないんです。



次回は最終回。
「反骨精神」。

関根光才⑩「大きな目的のために一緒につくろうっていうのが理想だと思っています。」

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関根光才

1976年生まれ。東京都出身。2005年に短編映画『RIGHT PLACE』を初監督し、翌年カンヌ国際広告祭のヤング・ディレクターズ・アワードにてグランプリを受賞。以降、数多くのCM、ミュージックビデオ等を演出し、2012年短編オムニバス映画『BUNGO~ささやかな欲望~』では岡本かの子原作『鮨』を監督。

2014年の広告作品SOUND OF HONDA『Ayrton Senna 1989』ではカンヌ国際広告祭で日本人初となるチタニウム部門グランプリ等、多数の賞を受賞。国際的にも認知される日本人監督となる。

2018年9月に初の長編ドキュメンタリー映画『太陽の塔』が公開になり、11月には長編劇場映画初監督作品『生きてるだけで、愛。』の公開も控えている。