未分類

Mayuko Katakura , Hikari Ichihara Talk④ "Jazz Spirit"

片倉真由子、市原ひかり鼎談④「ジャズの魂」

P1810767①

日本ジャズ界で人気・実力ともにナンバーワンの“ファーストコール・ピアニスト”、片倉真由子さんと、おなじくリーダーアルバムを8枚リリースするなど人気と実力を兼ね備えたトランペッター市原ひかりさん。今回はふたりの女性ジャズプレイヤーとの鼎談です。
第四回目は「リスナーからプレイヤーに」。

〈前回までは〉
①「ジャズはけっして“エリートのための音楽”ではありません。」
②「もう一度「カッコいい音楽」に戻っていくんじゃないかと思います。」
③「ジャズをもっとパブリックなものにしたいっていうか…」

「ジャズって。なにかを考える前に、自然のうちに目の前にあったんです。」

平野:ふたりはいまプレイヤーだけど、もちろん最初はリスナーだった。聴いたことのない人が、いきなり練習をはじめるはずがないもんね。

市原:はい。

平野:つまりリスナーからプレイヤーにジャンプした瞬間があったわけだ。

片倉:そうですね。

平野:たぶん中学・高校のころからジャズを聴いていたんだと思うけど、その年頃って、女の子だと、ふつうはジャニーズやヴィジュアル系ロックバンドなんかに行くわけでしょ?

市原:はい。

平野:ふたりとも親がジャズミュージシャンという特殊な環境で育っているので、一般の家庭とは事情がちがうけど、それにしてもなぜ女の子がジャニーズを通らずジャズに行ったわけ?

市原:わたし、ジャニーズにも行きました!

平野:あ、そうなの? なんだ、そうか…(笑)。

市原:光GENJIからはじまって……(笑)

片倉:わたしは行かなかったですね。

平野:ほら、行かなかった! 偉い!(笑)

P1810812①
片倉:えーと、ほんとはちょっとだけありましたけど(笑) ・・・でもその頃からずっとジャズが好きでした。

平野:なにが良かったのかなあ。なにしろぼくの若い頃、ジャズ喫茶に女性はひとりもいなかったからね。

市原:でも、プレイヤーはいたでしょう?

平野:いたかもしれないけど、数でいえば無視できるレベルだったと思うな。秋吉敏子さんみたいな象徴的な人はいたけどね。

市原:そうか…

平野:片倉さんはジャズ以外は耳に入ってこなかったの?

片倉:そういうわけじゃないです。もともとはクラシックピアノをやってましたし。でもやっぱり親の影響が大きかったですね。

平野:そうだろうね。

片倉:だって“そこにあるもの”でしたからね、ジャズって。なにかを考える前に、自然のうちに目の前にあったんです。

平野:うん。

片倉:そう考えると、みんなはすごいと思う。自分でジャズを探して、自分でジャズを見つけてやっているわけじゃないですか、なにかで出会ったりして。

平野:目の前に、自然のうちにジャズがありました、っていう人はほとんどいないだろうからね。

片倉:でも、わたしの場合は物心がついたときから“そこにあるもの”だったんです。母は練習してるいし、レコードはいっぱいあるし。

平野:お母さんもジャズピアニストだもんね。

片倉:サックス奏者の父もいっぱいコンサートをやっていて。だからもう、なんの疑いもなかったです。

P1820117①
平野:いつも聴かされていた子守歌を、いつの間にか自分も歌っていたっていう感じ?

片倉:そうですね。あと、親にやれって言われなかったんです。

市原:わかる。それは大きいよね。

平野:どういうこと?

片倉:もし強制されていたら、ここまで好きになっていたかどうか。

平野:そういうものなの?

片倉:わたし、高校生のときに「将来はジャズピアニストになりたい」って母に言ったんです。

平野:うん。

片倉:そうしたら、「わかった、わかった。じゃ、まあ頑張って」みたいに、どうでもいいって感じで返されて。でも大人になってその話をしたら、当時「しめた!」と思ったんですって。

平野:いい話だな。それにしてもジャズのどこが良かったんだろう。女の子のともだちでジャズを聴いてる子なんて、いなかったでしょ?

市原:いなかった。

片倉:わたしも。でも単純なことなんですよね。この音楽はなんでこんなに気持ちいいんだろうと思っただけで。

平野:気持ちよかったの?

片倉:気持ちいい。どうしてひとりでに身体が動くんだろう?って。

平野:幼児体験みたいなことが影響しているのかもしれないね。

P1820031①
市原:わたしの父は、その頃はジャズミュージシャンじゃなかったんです。

平野:あ、そうなの?

市原:わたしがジャズをはじめたのとおなじ頃にジャズドラマーになったんです。それまではポップスなどのスタジオミュージシャンだったので。

平野:へえ。

市原:いまは大野雄二さんのバンドで叩いたりしてますけど、当時はCMの音楽、映画の音楽、劇伴がほとんどで。

平野:そうだったんだ。

市原:だから“自分にとってのソウルミュージック”っていうことだと、真由子ちゃんはジャズ、わたしはもうちょっとAORとか…80年台前半の。

平野:AORって、ボビー・コールドウェルみたいな?

市原:そうそう! TOTOとか、そういうのが子守歌だったんです。

平野:それがどうしてジャズに?

市原:アドリブが取れるようになりたかったので、大学でジャズ科に入ったんです。そこで先生の原朋直さんを聴いて、ジャズにのめり込むようになった。なので、ジャズをはじめたのはすごく遅いんですよね。

平野:高校のときにもトランペット、吹いてたんでしょ?

市原:ブラスバンドでは吹いてましたけど、当時はジャズってビッグバンドのことだと思ってましたから。

平野:ああ、なるほど。

P1810823①
市原:それで大学に進んでみたら、もっとコアなところがあった、みたいな…

片倉:わたしもはじめたのはそうですよ。

平野:あ、そうなの?

片倉:高校生まではアドリブが取れなかったので。大学に入ってからですね。

平野:それまではクラシックをやってたんだよね。ジャズのコードとかは?

片倉:読めなかったです。大学でジャムセッションをやるんですけど、そのときにコードが弾けなくて・・・それが悔しくて、練習をはじめたんです。

市原:わかる! わたしもおなじ! 怖かったよね、セッションって。



次回は「ルーツとコンプレックス」。

⑤「最近になって、自分がジャズをやっている意味が少しずつわかってきたような気がするんです。」

P1810738①
片倉真由子(かたくら まゆこ)
仙台市出身。洗足学園短期大学を首席で卒業後、バークリー音楽大学、ジュリアード音楽院に入学。ケニーバロンに師事。留学中より、ハンク・ジョーンズ、ドナルド・ハリソン、 カール・アレン、ベン・ウォルフ、エディ・ヘンダーソン、ビクター・ゴーインズ等と共演する。2006年、Mary Lou Williams Women In Jazz Piano Competitionで優勝、Thelonious Monk International Jazz Piano Competitionのセミファイナリストに選出される。2008年に帰国し、現在は自己のトリオをはじめ、山口真文、伊藤君子、竹内直、土岐英史、寺久保エレナ、レイモンド・マクモーリン、ジーン・ジャクソントリオ、北川潔トリオのグループなどで活動中。洗足学園音楽大学非常勤講師。

市原ひかり(いちはら ひかり)
1982年東京都生まれ。成蹊小中高等学校を卒業後、洗足音楽大学ジャズコースに入学。2005年主席で卒業。同年ポニーキャニオンよりデビューアルバム『一番の幸せ』をリリース。以降同社より8枚のリーダーアルバムをリリース。自己のグループの他、土岐英史(as)、秋山一将(gt)、増原巖(bs)、赤松敏弘(vb)等のグループに参加。活動範囲はジャズにとどまらず、山下達郎、竹内まりや等のアルバムにもソロプレイヤーとして参加している。
主な出演番組は、『トップランナー』『題名のない音楽会』『ミュージックフェア』『僕らの音楽』等。

 

Articles

Special Feature

Channel Taro TV

Read More
:: August 1, 2018

映画『太陽の塔』トレーラー

Read More
:: March 21, 2017

《門扉》制作風景

Read More
:: November 30, 2016

《樹人》制作風景!