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Okamoto Taro Column ⑬ " A human absent city "

岡本太郎コラム⑭東風西風「人間不在都市」

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私はいま万国博の仕事で大阪に来ている。ホテルの窓からながめおろすと、この古くからの人間臭さにあふれていた街にも高速道路が走り、メカニズムの下水道のように車が流れている。

中心部を貫く川の両岸には高々と水害防止の防潮堤が連なっている。何とも醜い万里の長城。もうああなっては川でもないし、水の都も形無しだ。

二メートル半もあるコンクリートの壁にそって申し訳ばかりの歩道がつき、壁の上にはベルサイユ宮殿の安手のイミテーションみたいに、等間隔に草花の鉢(はち)を並べているが、滑稽(こっけい)だ。あの堤を利用して、人の歩く道を作ったらどうだろう。自動車道をすっぽりとおおってしまい、ひろびろとした遊びのスペースを作る。水の流れを楽しみながらすわって語りあうのもよい。車は車で、快適なスピードを保ちながらサッソーとその下を通り抜けるというわけだ。

都市の中ででも人間は自分の肉体のよろこびを味わいながら行きたい。産業優先、機械が王様というコンプレックスは、もう結構。

とかく人間と生産物との役割が逆になるのは近代都市のゆがみだ。新しくできた新宿西口広場のような広々と計画されたスペースでも、青空の下をわがもの顔に走るのは自動車ばかり。人間は日のささない地下の迷路をせかせかと通りすぎる。あれだけの広場である。せっかく作るなら、逆にしてほしかった。車が地下を縦横に走り、日が輝き風の吹きわたる地上の空間は、人のために開放されていたら、どんなに豊かだろう。近代主義を克服した「人間の都市」の誇りがひらくと思うのだが。

ブラジルの新首都、有名なブラジリアに行ったときもそう感じた。都市計画の見本として注目された町だ。まことに立派だが、あれも人間不在の自動車都市である。自動車なしではどこにも行けない。外に出てみても、車がびゅんびゅん通りすぎるばかり。歩いたって仕様がないという感じ。納得できなかった。

これからの人間は自分のスペースを奪回するために奮起しなければならないだろう。

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