昨今の”和ジャズ”ブームを牽引する「昭和ジャズ復刻」シリーズなどでおなじみのディスクユニオン・塙耕記さんとの対談です。
第四回目は塙さんの「ミッション」について。
※11月8日に岡本太郎記念館で開催されたトークショーを編集したものです。
〈前回までは〉
①「レコードを集めるのが趣味だったんですよ。とにかく欲しくて欲しくてたまらなくて・・・」
② 「吹いている音、出てくる音が、聴いていて胸が痛くなってくるんですよ。」
③「『日本人だけでこんなことがやれるんだ!』って。」
「ぼくの中に『紹介したい』っていう気持ちがあるからなのかもしれません。」
平野:1970年前後の日本のジャズは、世界でどんなポジションにあったとお考えですか?
塙:70年代以降は世界に出て行ってもおかしくないミュージシャンがたくさんいましたし、世界で売れてもおかしくないアルバムがたくさんありました。残念ながら、なかなかそういうふうにはなりませんでしたが。
平野:演奏レベルは高かったということですね?
塙:じつはいま、その時代の音源が聴けるようになって「日本の70年代のジャズってすごいな」っていう流れがヨーロッパやアメリカで起こっているんです。
平野:おお!
塙:欧米のバイヤーが買いに来ています。
平野:でも彼らはプレイヤーのことは知らないでしょ?
塙:そうなんですが、いまはプレイヤーのことを知らなくても、インターネットで情報を集められますからね。それで「日本のジャズすごいね!」って。
平野:彼らは当時の日本ジャズのなにがいいと思っているんでしょうね?
塙: 70年代の日本ジャズって、特別な空気というか、異彩を放っているものが少なくないと思うんです。やはりそこに魅力を感じているんじゃないかな。
平野:そのあたりの事情をぼくはまったく知らないけれど、塙さんの話を聞いていて、もしかしたらと思ったのは、海外の人たちは当時の音に「日本」を感じるのかもしれません。
塙:というと?
平野:もちろん音楽にとって国籍なんか意味ないし、プレイヤーがどこの生まれだろうが関係ない。しかし一方で、からだの中にアーカイヴされた生まれ育った場所の記憶=文化情報も隠しようがない。
塙:はい。
平野:ぼくの本業はメディア空間のプロデュースです。海外で日本文化を紹介する仕事をずいぶんやってきたんですが、どうすれば〝日本〟を表現できるかと悩んでいたとき、恩師のアドバイスに救われたことがあって。
塙:おもしろそうだ!(笑)
平野:「平野くん、そんなこと考える必要いっさいなし! 君がおもしろいと思うことをやればいいんだよ」「日本人の君がつくるものはそれ自体が日本。それを見た外国人は自ずと日本を感じるんだから」と。それを聞いて、ぼくはすごく楽になったし、迷いがなくなったんです。
塙:いい言葉ですね。
平野:きっとジャズもおなじで、外国人は日本を感じているんじゃないかと。もし彼らが「これは単なる欧米のコピーだ」と感じたら、買い付けに来ることなどあり得ませんからね。
塙:同感です。じっさいたとえばヨーロッパや南米のジャズを聴いても、やはり土地によってニュアンスがちがう。おそらく日本のジャズも、俯瞰してみると「日本人ならではのジャズ」なんだと思いますね。
平野:そう考えると、当時の日本ジャズが黒人のジャズとも白人のジャズともちがうテイストを放っているのは、プレイヤーたちが戦略的に個性を打ち出そうとしたからではなく、彼らはおもしろいと思うことを素直にやっただけで、それが結果として高度なアイデンティティにつながった、ということかもしれませんね。
塙:そう思います。
平野:ところで、塙さんの仕事は無数にある世界のジャズ音源の中から「これはイケる!」っていうものをすくい上げることですよね?
塙:ざっくり言えばそうですね。
平野:その際に、「これイケてるじゃん!」って見極めるときの基準みたいなものってあります?
塙:うーん、難しいなあ。コレはとりあえず様子見で20枚だけにしておこう、コレは絶対イケるから最初から300枚仕入れよう、といった選別をしているんですけど・・・
平野:それは直感で?
塙:直感というか…自分の耳が自動的に振り分けているんです。けっきょくは自分の中での判断ということですけど。
平野:そうした“選球眼”を磨くためになにをされているんですか? やはりたくさん聴くこと?
塙:特別な努力をしているわけではありませんが、なんだかんだ何十年もジャズを聴いてきているので、その感覚ですね。自分は気に入らないけど、売れるだろうなっていうものもありますし。
平野:なるほど。
塙:不本意だけど、それで入れたものもありますよ。
平野:でも、和ジャズのときには売れる確証があったわけじゃないでしょう? 誰も手をつけていないってことはたぶん売れないんだろう、と考えるのが合理的ですからね。儲かるから、というモチベーションではじめたわけじゃないでしょ?
塙:そうじゃないです。
平野:もちろんビジネスとしてやっているわけだけど、商売とはちがうベクトルの情熱が塙さんの中になければ、そういうことは起きない。それって、もしかしたらある種の使命感ではないか、とぼくは睨んでいるんです。
塙:ぼくの中に「紹介したい」っていう気持ちがあるからなのかもしれません。そのアクションが結果として売れることにつながった、っていうか・・・
平野:そう思います。
塙:じっさい「コレは売れないだろうけどおもしろい」ってものもあるんですよ。
平野:そうでしょうね。
塙:そういうものって、ほんとに日本に5枚くらいしか入ってこないんですよね。ディスクユニオンしか取っていないっていうものもたくさんあるし。
平野:そうでしょう。
塙:こんなの売れないから普通は断るでしょ、っていう中におもしろいものがあったりして。
平野:でもそれ、仕入れるんでしょ?(笑)。
塙:はい(笑)。それをわかる人が日本に30人くらいいて、試しに売ってみたらその30人が欲しがって、30枚売れて終わるっていう。
平野:メチャクチャいい話じゃないですか。素晴らしいです。
塙:そういう小さい商売をたくさんしているんですよね。
平野: でもね、1000枚と2000枚に意味のちがいはないけれど、0枚と5枚の差は決定的ですよ。だって、もし塙さんが仕入れていなければ、その音源は日本国土の上に存在していない、ってことですからね。
塙:そんな大袈裟な(笑)。
平野:塙さんの無意識にあるのは「日本社会にジャズの豊かなアーカイブをつくりたい」っていうことなのかもしれないな。たった5枚であっても、とにかく日本の国土の上に存在させるんだ、っていう・・・
塙:そんな大層なこと、考えてないです(笑)。
平野:いや、だってそうでしょ? その5枚が50年後にはすごく価値のある情報に変わっているかもしれないんだから。そういうことも含めて、塙さんの仕事は日本のジャズ界にとってきわめて大きな意味を持っていると思う。
塙:考えたこともなかったですけど、そんなふうに言っていただくと、すごく嬉しいです。
平野:根っこはそこで、それを実現するための手段として、仕入れる、制作する、復刻する、などがある。それらはいずれも手段であって、ミッションはぜんぶおなじっていう気がしますね。
塙:なるほど。
平野: Googleは「ミッションは地球上のすべての情報を整理すること」って言ってますけど、それとおなじような意味で、塙さんがやられていることは「あらゆるジャズ音源を日本社会にアーカイヴすること」なんじゃないかな。
塙:蜘蛛の巣みたいにしてリリースを待つだけだと販売アイテムが限られてしまうので、自分たち自身で生み出さなければダメだと考えているのはたしかです。そういう中で仕入れをすること、制作すること・・・考えたことなかったですけど、言われてみるとおなじですね。
平野:仕入れ、復刻、制作の三本の矢が揃うことで、相互の間でいろんな化学反応が起こるはずだし、その結果次のものが生まれる。ぜんぶ絡んでいるにちがいないんです。
塙:たしかにそうですね。
平野:たまたま三つやってい、ますじゃなくて、必然的にそうなっているんだと思いますよ。
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次回は最終回。
「次の時代に残すべき価値があるもの」とは。

塙耕記
(株)ディスクユニオン勤務。
2005年からは昨今の”和ジャズ”ブームを牽引する「昭和ジャズ復刻」シリーズなどでおなじみのTHINK! RECORDSをスタート。
2009年に世界初の和ジャズ・ディスク・ガイド『和ジャズ・ディスク・ガイド Japanese Jazz 1950s-1980s』を刊行。
昨年からCRAFTMAN RECORDSのプロデューサーとしても活躍している。