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Okamoto Taro Column ⑲ " Nature and humans "

岡本太郎コラム⑲東風西風「自然と人間」

1965-54歳 《歓喜》石膏原型の前 青山アトリエ庭

先だっての休日、大仁から峠を越えて伊東に出た。この伊豆の峠ごえには、幼い時代の強烈にいろどられた思い出がある。

両親につれられて、まだ本当にひなびた湯治場だった伊東に夏を過ごしに行ったのだ。大正七年ごろのこと、伊東温泉といってもまだ旅館が二三軒しかない漁村だった。

東京に生まれ、東京に育ち、町なかしか知らなかった私は、この旅行で生まれてはじめて自然にふれた。あの時と同じ道筋。今はたんたんとしたハイウエーになっているが、昔円太郎馬車でプップーとラッパを鳴らしながら走った峠道のたたずまいが、まざまざとよみがえってくる。

濃い緑の山のうしろに、更に高くそびえる連山。その峰々が紫色に映(は)えているのにびっくりした。……山が紫だなんて。息のつまるような感動は今もなまなましい。

道は巨大な杉の密林の間を走っていた。母親がその木立ちにひどく感動し、「私は何もかも捨てて、この森の中に、杉の木を抱いて生きたい」狂気のように繰り返した。親父(おやじ)が当惑げに、うんうんとうなずいていたことを思い出す。遠く見おろす、ひろびろと蒼(あお)い海、おそい午後の日ざし。子供心にふと何かやりきれない絶望感をおぼえた。

伊東の大阪屋という旅館に泊まった。夕食を終え、夜の海岸に散歩に出た。真っ暗な浜を、砂をふみしめながら渚(なぎさ)に向かって行くのだが、荒々しい磯(いそ)のにおい、めり込む砂、何もかもはじめての感触だ。暗い真正面から、ガラガラガラッと恐怖的な音。何かが……巨大な、何かが、重なりあって砕けてくる。私は縮みあがって両親にしがみついた。波だということを知らなかったのだ。

紫色の山の驚異。杉の木肌(きはだ)を抱く。暗い怒濤(どとう)。幼い目、心に自然は異様なショックだった。それは今なお傷口のように私の心の中にひらいている。自然はすさまじい。

近ごろ、自然保護などという声をよく聞く。結構なことだが、何か私にはよそよそしく響く。保護なんかする相手ではない。自然は逆にいつも人間を圧倒するものだとしが思えないからだ。

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