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Okamoto Taro Column ㉑ " Break of America "

岡本太郎コラム㉑東風西風「アメリカの断絶」

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近ごろ複雑な社会問題が積み重なって激動の時代となって来ている。日本ばかりではない。いま世界的に新しい運命がひらけて来ているようだ。

アメリカの情勢を見ても、黒人問題、大学騒動、ベトナム戦処理、それに対する動と反動……かつて考えられたアメリカという、かなり楽天的な超大国の安定ムードから、人間的に深刻的な断層、対立の層を深めている。

私はアメリカほど生産力が高度に発達した国で、どうして社会的な問題意識があのように低いのかと、いつもふしぎに思っていた。あの巨大な国の中で、狭い意味のコミニティーがいつも温存されている。精神の中にも、それは不可侵領域を作っている。それなりに高度なのだろうが。開拓時代からの伝統か。彼らにとって問題はソシアルというより、集団的なのだ。

アメリカの芸術家が尖鋭(せんえい)でありながら不思議に甘い感じがするのも、そのせいではないかと思える。近ごろの流行である環境芸術にしても、絵画、彫刻の枠(わく)をぬけ出した新しい領域、その色、形、音、光の交錯する総合的な表現はたしかに魅力だ。現代の新しいセンセーションであるに違いない。ところが、その「環境」自体にも限界がある。社会全体とのからみ合いとしてとらえられているのではなく、一定の身辺的世界、作るる者、作られたもの、参加するもの、相互に偶然的な空間である。切実なムードはあるが、そこでは全人間の生活は現出し得ない。やはりフンイキであり、与えられた条件での反動的な意識、つまりはコミュニティー内の愉楽である。

そういった意味で、日本のフーテンの本家のようなヒッピー族も大変純粋であり、魅力的ではあるがソシアルな点では内向的である。

アメリカという新しいと同時に古さのある国の内部がさまざまの要素で揺らぎはじめ、峻厳(しゅんげん)的な歴史の転回点に直面している。幅広く新しい段階をひらいていくだろう。日本の社会も今日、いいようのない断絶感に揺れている。このコントンこそ新しい転回のきっかけになるのだ。

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