Talks

Toshiro Inaba Talks ④ " Avant Garde Medicine "

稲葉俊郎対談④「アヴァンギャルド医療」

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東京大学医学部付属病院循環器内科助教で心臓カテーテル治療、先天性心疾患、在宅医療、山岳医療が専門の稲葉俊郎さんとの対談です。
第4回目は「臨死のエピソード」

〈前回までは〉
①「ぼくは『動いている生命』に魅力やロマンを感じました。」
②「宇宙の銀河の形も、植物の形も、竜巻も・・・螺旋ですよね。」
③「心の自然に反すると、バランスが崩れて病として表に顔を出す。」

「共通体験として、やはり川を境界線として語る人は多いですね。」

平野:「生と死」って、観念的にはわかるけど、「死」にはあまり実感がない。じっさい直接死に触れる機会ってそうはありませんからね。

稲葉 :そうですよね。

平野:最近父を亡くしたんですが、「死」を身近に感じたのはほんとうに久しぶりでした。何十年かに1回のことですよね。

稲葉 :そうなってしまいましたね。

平野:いまや死は「非日常」の代表格と言っていいんじゃないかな。

稲葉 :統計では、戦後の1976年に死に場所として病院死が在宅死を上回った年なんです。1950年代は在宅死が80%くらい。病院という仕組みが普及する中で、1976年に逆転して、2000年には80%以上が病院死になりました。

平野:昔の映画では家で亡くなるシーンがごく自然なものとして描かれている。人はみな家で亡くなるものだったわけですね。いまでは考えられないけど。

稲葉 :小津安二郎の映画にもそうした日常が映し出されていますよね。死に場所や生まれる場所の変化、そうしたこともいろいろな歪みを生む温床になっている気はします。

平野:これもこどもみたいな質問ですけれど、人は死ぬ瞬間に「あ、オレ、死ぬな」ってわかるものなんですか?

稲葉 :わかるんじゃないかと思いますよ。相手の顔つきや雰囲気を感じていると、死期を悟ったことは生々しく伝わってきます。ぼくは大学病院に勤務していますけど、在宅医療もやっていて、往診もしているんですね。

平野:はい。

稲葉 :定期的に何年間も診ていると、人が生への執着をなくす瞬間が分かります。死を悟ったとき、とでも言えばいいんでしょうか。

平野:へえ。

稲葉 :その人が70年80年と背負ってきた全てのものをおろした瞬間は周りの空間も軽くなる気がします。死期を悟った人の顔つきは、わかります。

平野:ああ、そうか。やっぱりわかるんだ……

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稲葉 :海の砂浜でふと思ったことがあります。巻き貝って螺旋ですよね。巻き貝を縦に割ってみると、互いの渦巻きが逆向きになりますよね。意味、わかります?

平野:コインの裏表のように右巻きと左巻きが共存しているってことですね。

稲葉 :はいそうです。でも、割れた巻き貝の右巻きと左巻きの螺旋をまたもう一度合わせてみると、当然元の巻貝に戻ります。生と死も人生の中で巻き貝と同じ形をしているんじゃないかと思ったんですよ。

平野:ん?どういうこと?

稲葉 :「生」は右巻きの螺旋で、「死」は左巻きの螺旋です。逆向きの螺旋は同じレイヤーでは打ち消しあうように見えますが、もともとはひとつに合わさったものを二つに割ったものなんですよね。生と死の次元をひとつあげると、きっとひとつの形なんですよ。生と死が巻き貝のように合わさったとき、生きると死ぬという対立概念がふわっと抜けるんです。こちらの世界にいながら、同時にあちらの世界にもまたがっている、というか……

平野:合わさるとこの世のものじゃなくなっちゃう?

稲葉 :巻き貝をひとつに合わせたり割ったり、同じだったり異なっていたり、そうしたイメージが湧くんですよね。

平野:死ぬ瞬間がわかると知って、ちょっと安心しました。そこがぼくの人生設計のクライマックスなので(笑)。

稲葉 :どういうことですか?

平野:人生には良いこともあれば悪いことも起こるし、なにが勝ちでなにが負けかみたいなことだって、わからないじゃないですか。

稲葉 :どこで区切ったかっていうだけの話ですからね。ここで区切れば栄光で、ここで区切ると挫折ってだけで。

平野:けっきょく勝負は死ぬ瞬間だろうと思うんですよ。「あ、オレ、死ぬな」と悟る瞬間が訪れたとき、真っ先に考えるのは「まだ死にたくねー!」ってことかもしれないけど、そのときに「オレ、死ぬけど、アレができたから、まあいいか。アレをやれたんだから、オレの人生もまんざら捨てたもんじゃなかったってことだよな。うん、まあいいや、死んでも」と思えたら、人生勝ちだと。

稲葉 :すごくよくわかります。すべての人生にYesと言う。

平野:そのとき思い浮かべる「アレ」って、そんなにたくさんは要らないと思うんですよ。2つ3つあれば充分。それがぼくの人生の目標です。でも、「オレ、死ぬな」っていう瞬間がわからないと、このプランは成り立たないでしょ? だからさっき大丈夫と聞いて安心したわけです。

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稲葉 :(笑) そういえば、いわゆる臨死体験は患者さんからよく話を聞きますよ。

平野:あ、そういうのってやっぱりあるんだ。

稲葉 :心臓を専門にしているので、一度心臓が止まって、ほとんど死んだ状態から蘇生処置で生き返った人を多く診るんですね。自分の仕事がまさにそうしたことの連続で日常でもあって。その瞬間にどういう体験しているのか、興味湧きませんか。

平野:おお、それはぜひ聞きたい!

稲葉 :相手が自分からしゃべってくれることもあります。まさに昨日の外来でも、地元の病院に紹介状を書いて東大最後の外来で、自分が蘇生処置をした時の臨死体験のエピソードを突然話し初めて驚きました。みなさん、すごく貴重な体験されてますね。共通体験として、やはり川を境界線として語る人は多いですね。

平野:三途の川だ。

稲葉 :日本人の表現では川が多いですね。川が流れている。あたり一面に花が咲いていて美しい。川の向こう側に行きたいんだけど、行ってはいけないような気もする。そこで迷う、とか。

平野:なるほど。

稲葉 :向こうから手招きしている人がいる。自分の先祖のようで知った顔だから行こうと思ったら、背中からグイっと引っ張られて、嫌だー、向こうに行くんだー、と思ったら目が覚めたとか……。川の向こうは光に溢れていて、あんなに美しい世界はなかった、とか。そうした話を自発的にされるんですよ。きっと誰かに話したいんでしょうね。

平野:へえ。

稲葉 :「そのとき、この世のすべてがわかったような気がしました」という人もいます。「だけどすべて忘れました。」とも言います。

平野:(笑)

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稲葉 :もしかしたら、人間って、ほんとうはすべてわかっているけど、たんに取り出す方法を忘れているだけかもしれないんですよね。新しい発見と言われるものも、きっと取り出す方法をこそ発見したんだと思います。

平野:おもしろいなぁ。

稲葉 :言い換えれば、ぼくらが学ぶ行為が「思い出す」行為ではないでしょうかね。勉強って外から注入されるイメージで捉えやすいですが、思い出すとっかかりを学んでいるのかもしれません。

平野:身体のなかにはいろんな情報が、それこそ生け簀のなかの大量の魚みたいにあって、それを釣りあげていくみたいなことかな?

稲葉 :問いも答えもすべてそろっていて、その大海に釣竿を垂らして釣り上げている状態が近いでしょうね。だって、自然も宇宙も常にすぐそこにあるわけですから。面白いのは、そうした「すべてを知っていた」という経験をされた方が、みなさんすごく向学心がわくみたいなんです。「わたしはいまイチからこれをはじめました。外国語を習いはじめました」とか。

平野:そういう気持ちになるんだな、きっと。

稲葉 :こどもの好奇心ですよね。知りたい、学びたい、すべてが新鮮で面白い。この世界のすべての手触りに触れ続けたい、と、純粋で高貴な好奇心で、人生に熱中するんです。



次回は「自分のルーツ」

⑤「当時のぼくに関心は、自分とは一体何者なのか、なんのために生まれてきたのか、」

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稲葉俊郎(いなば・としろう)

医師、東京大学医学部付属病院循環器内科助教。医学博士。1979年熊本生まれ。
心臓カテーテル治療、先天性心疾患が専門。在宅医療や山岳医療にも従事。
西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修める。
2011年の東日本大震災をきっかけに、新しい社会の創発のためにあらゆる分野との対話を始める。
単著『いのちを呼びさますもの』(アノニマ・スタジオ)、『ころころするからだ』(春秋社)など。
HP:https://www.toshiroinaba.com/

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