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Toshiro Inaba Talks ⑥ " Avant Garde Medicine "

稲葉俊郎対談⑥「アヴァンギャルド医療」

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東京大学医学部付属病院循環器内科助教で心臓カテーテル治療、先天性心疾患、在宅医療、山岳医療が専門の稲葉俊郎さんとの対談です。
第6回目は「妥協なきプロフェッショナル」

〈前回までは〉
①「ぼくは『動いている生命』に魅力やロマンを感じました。」
②「宇宙の銀河の形も、植物の形も、竜巻も・・・螺旋ですよね。」
③「心の自然に反すると、バランスが崩れて病として表に顔を出す。」
④「共通体験として、やはり川を境界線として語る人は多いですね。」
「当時のぼくに関心は、自分とは一体何者なのか、なんのために生まれてきたのか、」

「できるのが基本で、むしろできなかったときの落胆のほうがはるかに大きいです。」

平野:そうして東大医学部に進むわけですが、なぜ東大に?

稲葉 :なにかの間違いで、運命のいたずらで入っちゃったというか……。高3の当時、ぼくはグチャグチャだったと思うんですね。親が見るに見かねたのか、熊本から東京に連れ出してくれたんですね。

平野:東京見物に?

稲葉 :そうです。高3のときです。もう受験前で、みんな目標を立てて猛勉強しているのに、ぼくは全くその気になれなかった。「そもそも論」ばかり考えているややこしく面倒なヤツだったんで。

平野:ご両親は、東京を見せればなにか変わるかもしれないと思ったんだろうな。

稲葉 :まあそうでしょうね。自分の両親は偉いですね。原宿でクレープ食べてみたり、行きたかった洋服屋を覗いたり・・・、その流れで東大の本郷キャンパスにも行ったんです。そのときに突然未来の映像が見えたんです。この病院で白衣を着て当たり前のように働いているシーンが、映画のようにリアルに浮かんだです。

平野:白衣を着て食堂でご飯を食べている、みたいな?

稲葉 :まさにそうです。食堂でご飯を食べている映像も浮かんできました。そのとき、勝手にここがぼくの居るべき場所だと思っちゃったわけですね(笑)。もちろん現実にはすごい溝がありますよ。そのときの自分の成績と東大受験って。

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平野:でも成績は良かったんでしょう?

稲葉 :良くはないですよ。そもそも勉強なんてまるでしてませんでしたから。自信があったのは、レコード、漫画、プロレス、アートだけです。でも、できるという変な確信はありました。だって、未来の一部が見えてしまったんですから。やればできるはずだと思い、2年計画を立てたんです。現役では無理だから、1年死ぬ気でやっても無理だけど、さらにもう1年浪人すれば絶対に合格するって……

平野:すごい! なんの根拠もないのに!(笑) 結果、プランどおりに行ったから良かったけど、ダメだったら、いまごろなにをしていたんだろう?

稲葉 :もしかしたら、東大で用務員みたいな仕事をしてたかもしれませんね。

平野:(笑)

稲葉 :それでも良かったんです。ぼくのなかでは、高3のときの強いリアリティーを伴った情景の体験こそが、未来から自分を強く引っ張っただけなので。

平野:あ、そうか。

稲葉 :それまでは、悶々と悩むばかりで、今自分がどこにいるのか、どこへ向えばいいのか、まるでわかりませんでした。周りに話が合う人もいなかった。そんななかで、東大の本郷キャンパスという場所だけは自分を強く引っ張った。それで生きやすくなったんです。

平野:はじめて自分の居場所が見つかったってことですもんね。

稲葉 :「ぼくはここに行けばいいんだ」ってはじめて腑に落ちて思えました。たとえば「岡本太郎記念館に行ってください」って目的地さえ分かれば行けるじゃないですか。でも、当時のぼくはどこに行けばいいのか見当もつかなかったんです。目的地が分からないと、徒歩なのか、自転車か、飛行機か、その手段すらもわからない。

平野:でもそんなヤツ、東大医学部にはいないでしょ?(笑) 稲葉さん、大変だっただろうなあ。

稲葉 :理科Ⅲ類に合格した後に周りと話してみたら、進路に関しては意外に悩んでませんでしたね。しかも、合格した通ってみると、ぼくがイメージしていた東大とまるで違うことに愕然としましたが。

平野:そうでしょう(笑)。

稲葉 :東大のイメージは、日本で一番面白い先生と生徒とが、日本で一番面白い授業をやっている、と思っていたんですが、入ってみたら、まるで面白くなくて退屈で、それでがっかりしちゃって。

平野:うん(笑)。

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稲葉 :実は、まさにそうした複雑な心境のときに岡本太郎記念館に来ているんです。1998年に東大に合格して、その年に……

平野:記念館のオープンも98年ですよ。98年の5月、稲葉さんが入学した翌月です。

稲葉 :東大に合格したら絶対に太郎さんのアトリエに行きたいと思っていました。実際にこの場に来てみたとき、あ、ぼくはこういうことをやりたいんだって気づかされました。

平野:たとえばどんなこと?

稲葉 :ぼくがイメージしていた医療の場って、ワクワクして、フツフツとモリモリと生命力が高まるような場なんですよね。岡本太郎記念館に来ると、妙に元気になるんです。ただ、現実の病院は冷たくて無機質な空間で、廊下も壁も絵がなくて、音楽もない、そこに芸術のかけらは何もない。自分が求める場とまるで違うなって。

平野:うん、よくわかる。

稲葉 :そういう色々な期待外れが重なって、大学の授業は出なくなりました。下北沢に住んでいたので、毎日のように演劇やダンスや音楽を聞きに行って、絵を見に行ってましたね。アルバイトしたお金で。

平野:もしかして、進路を間違えたんじゃない?(笑)

稲葉 :一見するとそうですよね(笑)。でも、帳尻を合わせたい。それで結局、今40歳になって気がついたことは、芸術などの自分が血湧き肉躍るような世界と、いまいる医療の世界とに橋をかけることをすればいいんだってことでした。

平野:なるほど。

稲葉 :ぼくにとっての当たり前に、スタート地点にまた戻ってきたという感じです。

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平野:そもそも医者がやっていることって、ぼくたちにはまったくわからない。じっさいどういう仕事で、どんなふうに働いているんですか?

稲葉 :医者にもいろんなワークスタイルがあるので一概には言えませんが、ぼくの場合は、だいたい朝8時には病院にいて、外来や検査や治療をしたり、学生の授業をしたりして、夜8時過ぎに一段落するという日常です。

平野:基本的にはずっと病院のなかにいて、外来を診ているわけですか?

稲葉 :病院からは出ないですね。外来以外にも入院している患者さんとの対話もあります。外来の患者さんとは年単位で付き合っているので関係性は深まります。

平野:どんな仕事であれ、つらいことや嫌なことはあるし、楽しいことや嬉しいこともあるじゃないですか。

稲葉 :そうですね。

平野:稲葉さんは医者をやっていてよかったな、と思う瞬間ってどういうときですか?

稲葉 :医者になってよかった瞬間……。うーん、むずかしいですね。

平野:あ、おもしろくないの?(笑)

稲葉 :と言うよりも、もはやそういう対象じゃないんですよね。おもしろいとかおもしろくないという対象ではなくなっているんです。朝起きて歯を磨くのと変わらない日常と言いますか……

平野:あ、そうなんだ。

稲葉 :もう日常で生活ですからね。呼吸をするようなもので。3日に1回くらいのペースで夜間や緊急のオンコール当番もやっていますが、そのときは呼び出されたらすぐに病院に駆けつけて心臓の緊急治療になるので、年間100日以上はそういう役割です。

平野:えー! それは大変だ。

稲葉 :旅行もなかなか行けませんね。時間の束縛も大きいので、それは忙しくて大変ですね、ともよく言われるんですけど、実はあまりそう忙しいとも大変とも感じてはいません。

平野:医者とはそういうものだから?

稲葉 :誰かと比べたりしないですからね。他の職業も、たとえば宅配業者でも地下鉄の職員でもきっと忙しいはずだし大変なはずです。別に自分だけが特別忙しくて大変だとは思いません。ただ自分にできることを妥協せずやっているっていう感じです。

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平野:稲葉さんはおそらく、「日々の課題にベストを尽くす」ことを淡々とやっているだけ、と考えていると思うけど、課題にもいろいろあるわけでしょう? おなじ課題もあれば、はじめての課題もあるだろうし。

稲葉 :基本的には、困っている人をなんとか助けるってことだと思うんです。ただ、困っている内容も状況も全員ちがう。それをよく考えて、整理して、解決に向かっていく、という繰り返しですよね。

平野:解決した瞬間には「やった!」っていう感じになるでしょう?

稲葉 :そういうことがないわけじゃないけれど、プロとして当然のことをやっているだけですしね。

平野:さすがだな。

稲葉 :できるのが基本で、むしろできなかったときの落胆のほうがはるかに大きいです。もうすこし自分の能力があれば解決できたのでは、と、落ち込みますね。

平野:プロだ……。

稲葉 :できて当然だけど、むしろできなかったら自分の修行が足りなかったのではないかと思います。

平野:すごくむずかしい手術もあると思うけど、そういうときに心がけていることって、なにかあります?

稲葉 :日本でも初めての治療とか、とっても高度な治療をするときがあって、そういうときは1か月くらい前から肉を食べなくなりますね。

平野:量を減らすんじゃなくて、食べない?

稲葉 :身体が勝手にそうなるんですよ。
肉食のときは、集中力が長く持たなかったり、解像度が落ちる気がするんですよね。ほんのすこし雑になるというか。

平野:へえ、すごい話だな。

稲葉 :少しずつ身体の組成を変えていくんです。すごく困難な課題を無事にやり遂げたときが、もちろん開放感や達成感があります。人事尽くして天命を待ち、さらに結果もよければ。

平野:サラっとすごいことを言ってる。まるでイチローの話を聞いているみたいです。

稲葉 :とんでもない!おこがましい・・(笑)。



次回は「全体性のプロセス」

⑦「全体の関係性を結びなおしながら生きていくことを大切にしたいんです。」

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稲葉俊郎(いなば・としろう)

医師、東京大学医学部付属病院循環器内科助教。医学博士。1979年熊本生まれ。
心臓カテーテル治療、先天性心疾患が専門。在宅医療や山岳医療にも従事。
西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修める。
2011年の東日本大震災をきっかけに、新しい社会の創発のためにあらゆる分野との対話を始める。
単著『いのちを呼びさますもの』(アノニマ・スタジオ)、『ころころするからだ』(春秋社)など。
HP:https://www.toshiroinaba.com/

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