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Toshiro Inaba Talks ⑦ " Avant Garde Medicine "

稲葉俊郎対談⑦「アヴァンギャルド医療」

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東京大学医学部付属病院循環器内科助教で心臓カテーテル治療、先天性心疾患、在宅医療、山岳医療が専門の稲葉俊郎さんとの対談です。
第7回目は「全体性のプロセス」

〈前回までは〉
①「ぼくは『動いている生命』に魅力やロマンを感じました。」
②「宇宙の銀河の形も、植物の形も、竜巻も・・・螺旋ですよね。」
③「心の自然に反すると、バランスが崩れて病として表に顔を出す。」
④「共通体験として、やはり川を境界線として語る人は多いですね。」
「当時のぼくに関心は、自分とは一体何者なのか、なんのために生まれてきたのか、」
⑥「できるのが基本で、むしろできなかったときの落胆のほうがはるかに大きいです。」

「全体の関係性を結びなおしながら生きていくことを大切にしたいんです。」

平野:稲葉さんの本、『いのちを呼びさますもの―ひとのこころとからだ』のなかに、「全体性」っていうキーワードが出てきますよね。「全体性を取り戻せ」みたいに。その「全体性」の意味やそこに込めた思いを聞かせていただけます?

稲葉 :いろんな意味があります。たとえば体の全体性で言えば、足の裏はいつも汚いものも踏みつけたりして、ずっと身体を支えている場所。すごくがんばっていてなくてはならないはずなのに、日頃はほとんど意識しません。でも足の裏が働かなくなったらまともに立っていられない。身体はすべてのバランスで成立しているんです。障害があってもそこでの全体性のバランスがあります。そういう意味での「全体性」がまずひとつありますね。

平野:ふだん意識してないけど、ぼくたちの身体はあくまで「全体」として存在している、っていうことですよね。

稲葉 :存在しているものを仲間はずれにしたくないっていうのが、「全体性」のイメージに近いですかね。ただあるだけでも、「ある」という役割があるわけです。内臓もおなじで、変なものを食べると気持ち悪くなったり下痢しますよね。

平野:はい。

稲葉 :そういうとき「悪かったなぁ」って、身体に対して思うんですよね。

平野:あ、そうなの?(笑)

稲葉 :内臓の気持ちに共感するんです。きっと嫌だったんだろう、辛い現実をなんとか乗り越えようとして、こういう事態を招いてしまったんだなって。

平野:なるほど(笑)。

稲葉 :気遣い、気配りが足りなかったなと(笑)。そういうことも「全体性」です。身体はみんな粛々とがんばっているのに、目先の欲望に動かされて、夜中に食べちゃうとか。身体はまったく求めていないのに、脳の誤作動ですよね。

平野:うん。

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稲葉 :その他の全体性には、、たとえば、こどものときに大切にしていたことを忘れてしまって、子どもの時に嫌だと思っていた大人の行為を自分がしてしまっている、とか。子どもの自分と大人としての自分とは全体として連続してつながっているはずなのに。

平野:たとえばどんなこと?

稲葉 :ぼくの場合で言えば、身体が弱くて動けなかったときに、「動けるくらい元気になったらこれをやりたい」と色々空想していたのに、願いが叶って元気になった今の自分を、子どもの時の自分が見たらどう思うのかな、とか。望んだ自分になれているのだろうか、と。

平野:はいはい。

稲葉 :こどもの自分がふと語りかけてくる。それも「全体性」です。人生は全体性そのものです。子どものときに「戦争がなくなりますように」とか、いろんなことを切実に考えていたのに、そうした事といまやっている事とが結びついているだろうか、と。自分にとっての「全体性」を回復するためには、分断したくない、そこに関係性を作りたいと、日々思っています。

平野:ぜんぶ引っくるめて、自分自身を一体化したいっていうことですね。

稲葉 :そういう全体の関係性を結びなおしながら生きていくことを大切にしたいんです。人生の些末なことに縛らるのではなくて。

平野:そんなふうに自分の「全体性」なんて考えたことなかったな。

稲葉 :自分からするとある意味では幸せなことなんですよ。平野さんは身体が丈夫だからこそ、視線が自分の身体に向きにくいんですよ。

平野:そうなのかな。

稲葉 :ぼくは身体が弱かったから、「生きている」だけで有難さを感じていた。生きることが奇跡だった。自分は弱いと知っています。弱かったけど結果として自分は生き残ったグループに入っている。その生命感が強くあるから、心臓や肝臓、腎臓、血管、血液の働きを日々感じている。「どなたさまかわかりませんが、自分を生かしてくれてありがとうございます」と。

平野:その「全体性」のどこかにクラックが入る、あるいはバランスが崩れると病気になる?

稲葉 :そう考えています。だからこそ、病気に悪いイメージだけを持つのは一面的で残念なんですよね。

平野:ん、どういうこと?

稲葉 :人間は約60兆個の細胞の全体性でできているとされます。60兆のバランスが破綻して、取り返しがつかなくなると、全てが共倒れして、自分は死んでしまう。全員が共倒れで死なないために、苦肉の策としてたとえば数百万個の細胞を癌化させることで全体が崩壊するのを食い止めているとしたら、それは有効な戦略の一つじゃないですか。

平野:ああ、なるほど。

稲葉 :癌化は、全体を生かすためだとも考えれます。生命には生命の原理があります。僕らの都合とは別の原理で動いているわけです。部分の破壊活動は、全体としての創造活動の部分として働いているかもしれないじゃないですか。

平野:生命の戦略っていうものは、ぼくらが考えるような、そんな浅はかなものじゃないんだと。

稲葉 :身体や心に起きたすべて、過去に自分に起きたすべて、そうしたすべてを丸ごと受け止めたうえでベストを尽くそうとしている。自分は生命の働きに絶大な信頼を置きながら、生命の立場になってみて表面の現象の意味を捉えたいと思います。

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平野:稲葉さんの本にありましたけど、病とは闘って打ち倒すべき悪であるというのが西洋医学の基本的な考え方ですよね?

稲葉 :意識化していないだけで、実態はそうだと感じています。「闘病」って言葉を聞くたびに嫌なんですよね。ニュースも頻繁に出てきます。でも病気って、かならずしも闘う相手じゃないと思うんです。だって自分自身のことなんですから。自分の生命に対する旧来の考え方と闘っているのではないでしょうか。

平野:はい。

稲葉 :「闘病」という言葉が喚起するものは、戦争のイメージだと思うんです。敵が境界線を越えてやってきた。領土を侵略して、破壊と残虐行為を繰り返す。自分の領土を取り戻すために闘う。勝つためには何をしてもいいから勝つのだ!というイメージが同時に浮かんでいると思うんですよね。

平野:近代医学はヨーロッパ発。病を自然とおなじように人間が管理統制する対象として見てきたんでしょうからね。

稲葉 :医学の進歩は科学技術の進歩そのものです。原子力や宇宙開発とおなじように。

平野:そうですね。

稲葉 :科学技術は本来、ニュートラルで中立的なものです。原子力エネルギーも、原子核が存在するための物質世界の原理ですから。ただ、それを人間がどう使うか、何のために使うのか、それで意味付けが変わってしまう。

平野:西洋医学もおなじだと?

稲葉 :どんなに優れた技術でも、戦争のメタファーで使い続けると、最後には焼け野が原しか残らないかもしれない。身体の肥沃な土壌は取り戻せるのだろうか。自分は身体という土壌を耕すことや、身体の土壌に豊かな森が再生することを大切にしています。



次回は「医療のコア」

⑧「ぼくはもっと、みんながより良く生きていくための場をつくりたいんですね。」

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稲葉俊郎(いなば・としろう)

医師、東京大学医学部付属病院循環器内科助教。医学博士。1979年熊本生まれ。
心臓カテーテル治療、先天性心疾患が専門。在宅医療や山岳医療にも従事。
西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修める。
2011年の東日本大震災をきっかけに、新しい社会の創発のためにあらゆる分野との対話を始める。
単著『いのちを呼びさますもの』(アノニマ・スタジオ)、『ころころするからだ』(春秋社)など。
HP:https://www.toshiroinaba.com/

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