Talks

Toshiro Inaba Talks ⑨ " Avant Garde Medicine "

稲葉俊郎対談⑨「アヴァンギャルド医療」

P1850708

東京大学医学部付属病院循環器内科助教で心臓カテーテル治療、先天性心疾患、在宅医療、山岳医療が専門の稲葉俊郎さんとの対談です。
第9回目は「緊急のミッション」

〈前回までは〉
①「ぼくは『動いている生命』に魅力やロマンを感じました。」
②「宇宙の銀河の形も、植物の形も、竜巻も・・・螺旋ですよね。」
③「心の自然に反すると、バランスが崩れて病として表に顔を出す。」
④「共通体験として、やはり川を境界線として語る人は多いですね。」
「当時のぼくに関心は、自分とは一体何者なのか、なんのために生まれてきたのか、」
⑥「できるのが基本で、むしろできなかったときの落胆のほうがはるかに大きいです。」
⑦「全体の関係性を結びなおしながら生きていくことを大切にしたいんです。」
⑧「ぼくはもっと、みんながより良く生きていくための場をつくりたいんですね。」

「寝て、起きて、ご飯を食べて、仕事をして、また寝て・・・」

平野:稲葉さんは著書のなかで「優れた芸術は医療である」と繰り返し書かれていますよね。

稲葉 :はい。そうです。

平野:そもそも一般的なイメージで言えば、医療と芸術って真逆ですよね。人間像からいっても、白衣を着た医者とベレー帽を被った芸術家はおよそ正反対。この両者がつながっているとか裏表なんだみたいな話は、稲葉さんの本を見るまで聞いたことがなかった。

稲葉 :でも、太郎さんが言っていたことを自分の言葉で言い換えただけだと思っているんですよ。

平野:え、そうなの?

稲葉 :はい。現代医療って、どうしても「時計修理」みたいな修理工場のイメージに近くなってると思うんです。効率よく大量に人をさばく場所、というか。

平野:だって病院の人がそういう格好をしているんだもん。そういうオーラも出してるし(笑)。

稲葉 :そうですよね(笑)。でもぼくが感じているのは、「生きる」ことには、「生活」が基盤にあると思うんです。太郎さんも「生活」という言葉、好きでしたよね?

平野:文章のなかにもよく出てきますよ。太郎にとって芸術とは、金持ちやマニアの愛玩物ではなく、民衆ひとり一人の暮らしのなかに息づくもの。芸術とは生活そのものであり、生活そのものが芸術だと考えていたと思います。

稲葉 :医療はいま生活や暮らしからどんどん離れてしまっている気がします。医療はこっち、芸術はそっち、生活はあっち・・・というふうに。でも、日々を「生きる」こと、「生活」ってまさに創造と破壊の、傷ついて癒やされての繰り返しでしょう?

平野:ただ、一般のイメージからすると、医療は生活じゃないですよね。むしろ病院に行くとか救急車に運ばれるっていうのは、典型的な非日常じゃないかな。

稲葉 :だからぼくは医療を生活の場に取り戻したいんです。太郎さんが芸術を生活の場に取り戻したいと思ったのとおなじように。ぼくは医療を生活の場に、そして生活のなかに生命をこそ取り戻したい。自分が生きていることを、ふだんからみんなで共有したほうがいいですよ。「今日の君の肝臓の調子はどうかな?」とか(笑)。

平野:「お、腎臓! オマエきょう調子良さそうじゃないか!」とか?(笑)

稲葉 :そうそう。そういうことが普通になれば、寝て、起きて、ご飯を食べて、仕事をして、また寝て・・・っていう何気ない生活の中に、いのちの働きを見出すようになる。生命活動と離れることなんて1日たりともないはずなんですよ。わたしたちの内部にある生命の場所に生活の中で戻りましょうと。眠りの時間もそうした生命の知恵ですよ。必ず内的な生命の時間を過ごすようにできているわけです。そうした暮らしこそが、医療の土台を支えるわけです。暮しの手帖社は偉大ですよ。

平野:なるほど。

P1850535
稲葉 :ご飯を食べる。生きるために食べる。食べたものは体内で燃焼され、生きるエネルギーとして生命活動に使われる。夜に寝る。生きるために寝る。寝なければ命は壊れます。どんな人もまったく寝ないで過ごしたらエラーが頻発しますから。

平野:へえ。

稲葉 :人生が90年の場合、約30年は寝て過ごす時間ですよね。それは内的な生命の時間です。外側へ向かいやすい意識活動を補うために、眠りは生命活動に極めて大事なわけです。自分の中にある命の場所から離れない工夫として。僕らの生活の何気ない一コマは生命活動の大事な一コマでもあるんです。ぼくたちはそうやって生きてきたんです。

平野:政治にしろ経済にしろ、とにかく人間のあらゆる活動は、そうした生命活動の上に乗っているわけですものね。

稲葉 :根底のところを逃げずに正面から問いなおすことが、医療界での緊急課題だと考えているんです。

平野:そうか。だんだんわかってきた。

稲葉 :そうしたことをより切実に考えるようになったきっかけがこの本です。太郎さんの『アヴァンギャルド芸術』という真っ赤な本。1950年、戦後5年目にして美術出版社から出た革命的な本です。古書店で一度しか見かけたことないので持っている人はほとんどいないでしょうけれど。

平野:へえ、さすが!

稲葉 :この本の最初の檄文で、自分は稲妻が走りました。読みますね。
「アヴァンギャルド藝術は、もはや是非の問題ではない。ここを通らずに明日の藝術はあり得ない。回避せず、この偉大な二十世紀の業績を乗り超える。それこそ眞の藝術創造でありこれからのアヴァンギャルドである。足踏みは、瞬時も許されない。尖端的課題に正面から挑み、革命的に飛躍しなければならない」。

平野:うん。

稲葉 :これって、まさに医療の話じゃないかと思ったんですね。「足踏みは、瞬時も許されない。尖端的課題に正面から挑み、革命的に飛躍しなければならない」。痛いほどよくわかる。読んだとき、ぼくに檄を飛ばしているんじゃないかと、鳥肌が立ちました。

平野:なるほど(笑)。

稲葉 :起きて眠るという行為は、生まれて死ぬことのメタファー、儀式的な行為でもあって、そうした生活の中にある生命の営みは医療の根本にあるはずです。太郎さんが言った「芸術は生活である」っていう考えと近い。

P1850577
平野:自分の生命が喜ぶためにすべてのものごとはあるはずだ、ってことですよね。

稲葉 :そう考えると、自分の生命が喜ぶことは医療とも言えるんじゃないかと思うわけですよ。心も体もユルユルとゆるみ、プニプニと柔らかくなり、フワフワと膨らむような生活を送ること自体が。医療従事者はまず自分自身が実践した方がいいです。まず自分から、です。生命の歓喜を取り戻すことと医療とが無関係な顔をしていると、医療は魂を失ってしまいますよ。

平野:稲葉さんはほんとうに太郎が好きなんですね。

稲葉 :ものすごく大きな影響を受けていて、もはや好きとか嫌いの次元を超えています。

平野:いわば師匠?(笑)

稲葉 :ほぼ一体化してますね。血肉化しているとでも言いますか。血液となり体内を流れ、肉として身心を支えている存在という感じでしょうか。



次回は最終回 「命のバトン」

⑩「身体を知ることが世界平和につながると本気で考えているからです。」

P1850495
稲葉俊郎(いなば・としろう)

医師、東京大学医学部付属病院循環器内科助教。医学博士。1979年熊本生まれ。
心臓カテーテル治療、先天性心疾患が専門。在宅医療や山岳医療にも従事。
西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修める。
2011年の東日本大震災をきっかけに、新しい社会の創発のためにあらゆる分野との対話を始める。
単著『いのちを呼びさますもの』(アノニマ・スタジオ)、『ころころするからだ』(春秋社)など。
HP:https://www.toshiroinaba.com/

Articles

Special Feature

Channel Taro TV

Read More
:: August 1, 2018

映画『太陽の塔』トレーラー

Read More
:: March 21, 2017

《門扉》制作風景

Read More
:: November 30, 2016

《樹人》制作風景!